(筆洗)名女優は四十二歳で引退し、「原節子」を銀幕の伝説にしたまま、九十五歳で静かに逝った - 東京新聞(2015年11月27日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2015112702000171.html
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小津安二郎監督の傑作『東京物語』は三年前、英国映画協会が発表した「映画監督が選ぶ史上最高の映画」で、「2001年宇宙の旅」などを抑え、一位になった。
この協会が昨年、映画ファンを対象に「優しさを感じさせる映画の一場面」を募ったのだが、『東京物語』を推したファンのひと言が、実に鮮やかだった。「優しさとは、『東京物語』で紀子役を演じた原節子さんなのです」
その紀子が、戦死した夫の母親と小さなアパートで静かに向き合う場面。せっかく上京したのに実の子に冷たくされた義母の肩を、紀子はもみ続ける。
「だんだん歳でもとってくると、やっぱり一人じゃ寂しいけぇのお」と再婚を勧める義母。紀子は微笑を浮かべつつ、こう言って義母の心を和らげようとする。「いいんです。あたし、歳とらないことに決めてますから」
評論家の四方田(よもた)犬彦さんは『李香蘭原節子』で、その演技を「巨大な喪失を体験しながらも、慎(つつ)ましい生活のなかに幸福を見出し、にもかかわらず未来への不安を内心では抱え持って、何かを期待している」庶民の姿と評したが、だから今でも、世界中の人々の心の奥を、あたためているのだろう。
名女優は四十二歳で引退し、「原節子」を銀幕の伝説にしたまま、九十五歳で静かに逝った。まるで「原節子は歳とらないことに決めてますから」と言うかのように。