安保法案、採決強行―日本の安全に資するのか - 朝日新聞(2015年9月18日)

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与野党の激しい対立と市民の反対デモのなかで、新たな安全保障関連法案が、自民、公明の与党などの賛成多数で参院の特別委員会を通過した。政権は成立を急いでいる。
この法案は、憲法9条の縛りを解き、地球規模での自衛隊の海外派遣と対米支援を可能にするものだ。
成立すれば、9条のもと、海外の紛争から一定の距離をとってきた戦後日本の歩みは大きく変質する。
法案がはらむ問題は、その違憲性だけではない。
■9条の資産を生かす
政権が強調するように、新たな法制で日本は本当により安全になるのか。そこに深刻な疑問がある。
確認したいのは、安全保障政策は抑止力だけでは成り立たない、ということである。
軍事的に一定の備えは必要だが、同時に、地域の緊張をやわらげる努力が欠かせない。
無謀な戦争への反省から、戦後日本は近隣国との和解を通じて地域の安定に貢献してきた。その歩みこそ「9条がもたらした安全保障」である。専守防衛はそのための大原則だ。
中国の軍拡や海洋進出にどう向き合うかは日本の大きな課題だ。だがそれは、抑止偏重の法案だけで対応できる問題ではない。仮に南シナ海での警戒・監視に自衛隊を派遣したとしても、問題は解決しない。
これからの日中関係を考えるカギは「共生」であるべきだ。日中は経済はもとより、環境、エネルギー問題など、あらゆる分野で重要な隣国同士だ。
必要なのは協力の好循環である。対立の悪循環に陥ることはお互いの利益にならない。
もし東シナ海南シナ海で日中が衝突すれば、米国を含む世界の悪夢となる。抑止と緊張緩和のバランスをとりつつ、アジア太平洋をより安定させる外交努力こそ、日本がなしうる最大の貢献である。
■新たな「安全神話
日米同盟を考えるうえでも、法案の問題は大きい。
戦後の日本政府は、米国の数々の戦争に対して、真っ向から批判したことはない。
イラク戦争という誤った戦争を支持し、復興支援のため自衛隊を派遣した。日本政府はまともな検証をしていない。法案にも、自衛隊の派遣に事後の検証を義務づける規定はない。
米国が大義なき戦争に踏み込んだ場合、自衛隊の海外活動の縛りを解く日本が一線を画していけるか。これまで以上に難しい判断と主体性が問われる。
安倍首相は審議でこう強調してきた。「日本が戦争に巻き込まれることはあり得ない」「自衛隊のリスクは高まらない」
新たな「安全神話」である。
法案が成立すれば、自衛隊は海外での戦闘を想定した組織に変質する。米軍などとともに、より踏み込んだ兵站(へいたん、後方支援)に参加し、発進準備中の航空機への給油や弾薬の提供も請け負えるようになる。リスクが高まらないはずがない。
首相は過激派組織「イスラム国(IS)」に対する軍事作戦には「政策判断として参加する考えはない」と述べた。だが、法案では可能になっており、将来的に兵站で戦闘に巻き込まれる可能性は排除できない。
海外で一人も殺さず、殺されないできた自衛隊が、殺し殺される可能性が現実味を帯びる。
それなのに、自衛官が人を殺した時に対応する法制に不備がある。拘束された時に捕虜として遇される資格もない。そんな状態で自衛隊を海外の紛争地に送り出してはならない。
■揺らぐ平和ブランド
国際社会における日本の貢献に対しても、軍事に偏った法案が障害になる恐れがある。
貧困、教育、感染症対策、紛争調停・仲介など、日本が役割を果たすべき地球規模の課題は多い。いま世界が直面している喫緊の問題である難民対策も、日本がどう貢献していくかの議論が迫られている。
こうした活動に世界各地で携わる日本のNGO(非政府組織)には、自衛隊の軍事面での活動が拡大すれば、日本の平和イメージが一変し、NGOの活動が危険になるとの声がある。
混乱が続く中東では「戦後、海外で一人も殺していない」という日本の平和国家ブランドへの評価が根付いてきた。海外での武力行使に歯止めをかけてきた9条の資産といえる。
法案によって、かえって日本の貢献の手足が縛られるとすれば、政権が掲げる「積極的平和主義」とは何なのか。
法案には、国連平和維持活動(PKO)の拡充など検討に値するテーマも含まれる。ところが11本を2本にまとめた法案の一括成立にこだわる政権の姿勢で、議論は未消化のままだ。
安全保障政策の面からも、この法案には危うさがある。広範な「違憲」との指摘に耳を貸さず、合意形成の努力も欠いたまま、成立させてはならない。