硫黄島の苦しみ忘れない 川崎で元島民ら慰霊祭 - 東京新聞(2015年9月7日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015090702000126.html
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太平洋戦争の激戦地となった硫黄島の元島民らでつくる「全国硫黄島島民の会」は六日、島の戦いで亡くなった元島民らを悼み、島の思い出を語り合う会を川崎市内で開いた。地上戦を前に強制疎開させられた元島民らが集う場として毎年開いており四十四回目。島を離れて七十一年がたち、集まった人たちは「苦しみを忘れることなく、島の歴史を伝えていく」と誓った。
一九四五年二月に地上戦が始まった硫黄島では、前年七月、島民のほとんどが本土へ強制疎開させられた。軍属として青年ら約百人が島に残り、その多くが犠牲になった。六八年に小笠原諸島は米国から返還されたが、島民の帰島は許されず、今も自由に島に立ち入ることはできない。
参加者らは島の映像が映し出されるステージに献花。会を代表して東隆夫さんが「自由に墓参もできない状況が続き、亡くなった軍属たちの無念さは言葉にしようもない。終戦から七十年の節目、悲惨な戦争を二度と起こさないよう島出身の者として誓う」と述べた。
小学校二年生で島を離れた宮城県塩釜市の伊藤林蔵さん(78)は、当時十八歳だった兄が島に残り亡くなった。「今も島で暮らせたらと思う。あの戦争で島を離れなくてはいけなかった島民がいることを忘れないでほしい」と話した。