視点:安保転換を問う 徴兵制 - 毎日新聞(2015年8月2日)

http://mainichi.jp/opinion/news/20150802k0000m070099000c.html
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解釈改憲が広げる不安
集団的自衛権の行使を認める新たな安全保障法制のもとで、将来、徴兵制が復活するのではないか、という議論が起きている。安倍政権は、安全保障関連法案への反対をあおるものだと反発しているが、そんなに単純な話ではない。
徴兵制への不安は、特に若者や子どもを持つ女性の間に広がっているといわれる。我が身のこととして切実に考えているからだろう。私自身は、徴兵制が復活するとは考えていないが、不安が広がるのはよくわかる。
1981年の政府答弁書は、徴兵制は憲法18条が禁止する「意に反する苦役」にあたるため違憲とした。以来、政府はこの憲法解釈を維持している。
安倍晋三首相は、参院の特別委員会で、徴兵制について「明確な憲法違反だ。今後も合憲になる余地はない。たとえ首相や政権が代わっても、導入はあり得ない」と断定的な口調で否定した。政策的にも、軍のハイテク化で兵員に専門性が求められていることなどから、徴兵制は非合理的との考えを示した。
だが、徴兵制の憲法解釈には、異なる意見もある。
石破茂地方創生担当相は、今は政府見解に従うと言っているが、かつては徴兵制は「意に反した奴隷的な苦役だとは思わない」(2002年5月23日の衆院憲法調査会)と語っていた。
集団的自衛権の行使容認は合憲と言う西修・駒沢大名誉教授や百地章・日本大教授は、徴兵制も合憲との考えを示す。
国民の間に、集団的自衛権の行使は「できない」から「できる」へと憲法解釈が変わるのなら、徴兵制も「意に反する苦役にあたるから違憲」から「意に反する苦役にはあたらないから合憲」へと変わるのではないか、という疑念が生まれている。
集団的自衛権の行使ができないという憲法解釈は、40年以上、国会で議論され、定着したものだった。それが安保環境の変化を理由にあっさり変更され、違憲の疑いを指摘される関連法案が衆院で強行可決された。
ならば、徴兵制のように、それほど積み上げのない憲法解釈が変わる可能性はあるのではないか。なぜ、徴兵制だけはないと断言できるのか。こうした疑念を抱き声を上げるのは、むしろ自然なことではないか。憲法解釈の変更とはそういう不信につながる問題だということだ。
安倍政権による解釈改憲がブーメランのように徴兵制への不安となって、政権に跳ね返ってきているように見える。首相はただ「あり得ない」と言うだけでなく、この状況を重く受け止めてほしい。(論説委員