中国弁護士拘束 法治を名乗る抑圧だ - 東京新聞(2015年7月21日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2015072102000122.html
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中国当局人権派弁護士や活動家ら二百人余を「犯罪一味」として連行・拘束した。「法治」の名の下に、民衆の権利を守ろうとする活動を弾圧するものだ。弁護士らをただちに釈放すべきである。
中国公安省が人権派女性弁護士・王宇氏らを連行・拘束した。国営新華社通信は「社会秩序をかき乱す重大な犯罪一味」と報じた。
今春以降、中国では改革派女性ジャーナリストに国家機密漏えい罪で懲役七年の実刑判決が言い渡され、司法手続きによらない「矯正(きょうせい)労働制度」を批判してきた人権派弁護士が起訴された。
懸念が強まっていた習近平政権の人権派弁護士や民主活動家への不当な圧力は、もはや看過できない段階に達したといえる。
人権侵害事件を当局がきちんと取り上げて解決しないため、王氏らが民衆の立場に立って権利を守ろうと努力してきた。
そうした活動を、「敏感な事件を政治事件化し、反政府的感情をあおり立てた」(新華社)と糾弾し、犯罪として立件しようとするなら法治国家の姿とはほど遠い。
中国共産党は昨年秋の重要会議「四中全会」で「法治」の重要性をうたう一方で、「共産党の指導が社会主義法治の最も本質」とも強調した。
弁護士や民主活動家への強権的な対応を見れば、中国での「法治」とは法の支配でないことは明らかである。法より優先される党や政府の意向を、法を通じて強権的に実現することが中国当局の言う「法治」の実態ではないか。
中国憲法には言論、集会、結社の自由が保障されているが、権力者による恣意(しい)的かつ政治的な法の運用が許されるならば、憲法の規定は有名無実である。
中国は今月、社会統制を強化する「国家安全法」を施行した。香港でも「一国二制度」を骨抜きにするような民主化運動への締めつけが露骨になっている。
真に民主的な長官選を求める香港での抗議や民衆の権利を守る弁護士らの活動が、反政府的な世論につながり社会の安定を脅かすと中国は懸念しているようだ。だが、強権でしか安定団結を図れないという考えは誤りであろう。
習氏はかつて統治の要諦について古典を引用し「大国を治むるは小鮮(小魚)を烹(に)るが若(ごと)し」と述べた。法治に名を借りた強権政治は、統治者は法を振り回して民に手出しすべきではないという古典の精神と相いれない。