若い世代の平和の種に 流山市民有志 戦争体験証言集を出版:千葉 - 東京新聞(2015年7月5日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/20150705/CK2015070502000137.html
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太平洋戦争当時、少年少女だった流山市民ら九十一人の戦争体験の証言集「あの時子どもだったわたしたちは…流山からのメッセージ」(崙(ろん)書房出版)が出版された。市民有志が悲惨な戦争の実態を、若い世代に知ってもらう「平和の種に」と考え、戦争体験者らに呼び掛けて完成させた。家族の戦死、空襲、疎開、勤労動員など、七十年を経た戦争の記憶を克明に記し、「戦争を繰り返すな」というメッセージが伝わってくる。 (飯田克志)
出版したのは、市民有志でつくる「明日も平和であるためにを推進する会」。メンバーは同市で二〇一三年に戦争で亡くなった画学生らの作品展を開催。今年が戦後七十年の節目で、高齢化が進む戦争体験者の証言を残す「最後のチャンス」と考え、同会を立ち上げて同書を企画した。
昨年九月から友人らを通じて執筆を依頼。予想を超える九十一人分が集まり、地元の同社の協力も得て今月一日に出版した。上谷章夫代表(74)は「自分の体験を伝えたいという気持ちからだと思う」と話す。
「証言」したのは七十代後半から八十代が中心で、出版前に二人が亡くなった。空襲、少年、少女、中国東北部満州などからの引き揚げ、流山での戦争体験、聞き書きの六章で構成。
同市は東京のベッドタウンとして発展しており、市民の出身地もさまざまなため、被爆した広島、長崎両県や秋田県、愛知県など全国各地での戦争の記憶を網羅している。
伊橋幸生さん(81)は十五人の子どもを産んだ祖母の生涯を振り返った。七人を出征させ、五人が戦死。当時の新聞には「軍国の家」、「家の誉(ほまれ)」と掲載されたことを紹介。つらい思いを胸に秘めて銃後を守り、終戦から五年後に六十七歳で亡くなった祖母をしのんでいる。
現在の柏市に住んでいた横銭忠男さん(78)は家の前を通る、軍需工場に動員された旧制中学生らの疲れ切った姿が強い印象で残り、「国策として、二度とこのような愚かなことを許してはなりません」と指摘する。
同会の勝山徳三郎さん(77)は七歳の時に遭遇した東京大空襲の手記を寄せた。防火用の貯水プールに兄と入って九死に一生を得たことなどをつづっていて、「今も鮮明に覚えている。戦争についてあまり話してこなかったが、年も年なので残すならこれが最後と思って書いた」と明かす。
同会は市内の全小中学校に著書を寄贈する。宮内徹也副代表(73)は「当時の子どもや少年少女の体験や思いは、現在の同年代にも理解しやすいはず」と話す。上谷代表は「戦争の実態を知って、平和について考えてほしい」と呼び掛けている。
A5判。三百七十六ページ。二千百六十円。問い合わせは同書房=電04(7158)0035=へ。