視点・安保転換を問う 抑止力=論説委員・倉重篤郎 - 毎日新聞(2015年6月29日)

http://mainichi.jp/opinion/news/20150629k0000m070146000c.html
http://megalodon.jp/2015-0629-0916-44/mainichi.jp/opinion/news/20150629k0000m070146000c.html

新安保法制の目的は、抑止力の向上だ。安倍晋三政権8月の最大のイベントは戦後70年談話に示す歴史認識だ。一見別物だが、一緒に論じたらどうか。
歴史認識とは、戦前の日本のあり方に対する総括と発信にある。天皇陛下が新年に「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていく」と述べられたことがまさにその作業となろう。
1931年に起きた満州事変については、70年談話懇談会の座長代理を務める北岡伸一氏が6月3日付本紙オピニオン面のインタビューに答えている。「他国に軍隊を送り込み、人を殺傷し、財産を奪い、主権を制限することが侵略であり、満州事変は明白な侵略だった」
この基本認識を国民が改めて共有し、政治指導者が真摯(しんし)に繰り返し発信することが、戦争を抑止する力になる、と思う。
なぜならば、第一に、それは戦争に対する日本国の自制力として働く。あの戦争の原因と惨状を学び、侵略と植民地支配の加害者側にいたことを再認識することは、戦争一般への否定のみならず、二度と近隣諸国に迷惑をかけてはいけない、という国民意識面での歯止めを作り出す。それは、今最も危惧されるナショナリスティックな排外主義に対しても抑止的に働く。
第二に、それは同時に相手国政府、国民の自制をも促す。95年の村山富市首相談話が、日本の対アジア外交を悪化させぬ最後のとりでとしていかに役立ってきたか。もし、現政権が侵略という歴史的事実を曖昧にするのであれば、相手国政府のみならず国民世論全体を敵に回す。それは見えないところに蓄積され、時を見て爆発し、相手国政府の政策をしばる。共産党一党支配の中国でもそれは同じだ。
第三に、それは現行の抑止力論議の足らざる点を補完する。植木千可子早大教授によると、抑止力は軍事力のみでは実現できず、自国の能力、意図を相手国に正しく伝える意思疎通と、状況についての共通認識、つまり対話力が不可欠だ。その対話力は、歴史認識という土台部分がしっかりと建造されていないとうまく機能しない、と思う。
第四に、歴史認識は効果的なソフトパワーだ。ドイツではブラント首相がユダヤ人追悼碑にひざまずき(70年)、ワイツゼッカー大統領が「過去に目を閉ざすもの」を批判した(85年)。政治指導者の節目での所作と発信が膨大な軍事費に匹敵する歴史和解力を持つこともある。
それは政治指導者が「戦争は断じてありえません」と叫ぶ以上の抑止効果を持つだろう。

関連サイト)
天皇陛下のご感想(新年に当たり)平成27年- 宮内庁
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gokanso/shinnen-h27.html

<そこが聞きたい>戦後70年談話 北岡伸一氏 - 毎日新聞(2015年6月3日)
http://mainichi.jp/journalism/listening/news/20150603org00m010003000c.html
http://megalodon.jp/2015-0629-0943-22/mainichi.jp/journalism/listening/news/20150603org00m010003000c.html

「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話) - 外務省
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/07/dmu_0815.html

ワイツゼッカー氏 貫いた過去への眼差し-東京新聞(2015年2月3日)
http://d.hatena.ne.jp/kodomo-hou21/20150203#p1