(書評)平和憲法の深層 古関 彰一 著 -東京新聞(2015年5月17日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2015051702000190.html
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◆自発的に練り上げた理念
【評者】福間良明立命館大教授
憲法アメリカに押しつけられた」−よく耳にする言い分である。だが、ほんとうに「押しつけられた」のか。本書は、こうした問いを念頭に置きながら、憲法制定過程をじつに丁寧に描いている。たしかに、日本政府が提出した憲法改正要綱(松本案)はGHQ(連合国軍総司令部)に拒まれ、その五日後に手交されたGHQ案が現憲法のもととなった。日本政府側がそれに抗(あらが)えなかったこともよく知られている。だがそれをもって、どれほど「押しつけ」と言えるのか。
じつは、GHQ案は日本の新憲法案を参考に創られたものだった。と言っても、むろん日本政府案ではない。自由民権運動史研究家の鈴木安蔵らのグループ「憲法研究会」が、政府案よりも前に発表した「憲法草案要綱」である。国民主権に基づく立憲君主制生存権規定、福祉国家をめざす条項が多く盛り込まれていたこの草案は、明治憲法を微修正した程度の松本案に比べて、民主主義的な色彩が際立っていた。GHQはこれを高く評価した。日本政府に突き付けられたGHQ案は、日本人の手による憲法草案を大きく参照したものだった。
GHQ案の「戦争の放棄」条項は、たしかに主権制限が意図されたものではあった。だが、衆議院の各種委員会で審議されるなかで「平和の理念」を謳(うた)いあげるべく九条一項や前文が練り上げられていった。主権制限条項を不本意ながら受け入れるというより、「平和」を基調とした新たな国家像を積極的に提示しようとしたのである。
「押しつけ憲法」論は、こうした経緯への理解と想像を欠いたものでしかない。そもそも、旧体制の温存を意図する政府案が採用されたとして、それは「日本人の憲法」になっただろうか。むしろ、それこそ国民への「押しつけ」になったのではないか。現在の「常識」でのみ改憲が論じられ、過去の議論の豊かさが顧みられない昨今、広く読まれるべき一冊である。
ちくま新書・929円)
 こせき・しょういち 1943年生まれ。獨協大名誉教授。著書『新憲法の誕生』など

平和憲法の深層 (ちくま新書)

平和憲法の深層 (ちくま新書)