(筆洗)灰色の人生。灰色の町。灰色に対する日本人のイメージはたとえ…-東京新聞(2015年4月15日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2015041502000118.html
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灰色の人生。灰色の町。灰色に対する日本人のイメージはたとえば、青や赤に比べ、あまり良くない。不吉さを覚える人さえいる。灰が燃えかすや人の死を想起させるのかもしれない。
灰色の色調にこだわった作家が亡くなった。ドイツのノーベル文学賞作家ギュンター・グラス氏。八十七歳。かつて『ブリキの太鼓』を読み、映画で見て、居心地の悪さを感じ、ごわごわとした質感に魅了された方もいるだろう。ナチス親衛隊員だった事実を告白した「玉ねぎの皮をむきながら」を訳した依岡隆児さんによると、灰色を愛した背景には、混沌(こんとん)とした現実に対し、作家として、誠実でありたいという願いと関係がある。
<尖(とが)った鉛筆で花嫁や雪に陰をつけたまえ 灰色を愛し 曇空の下にいたまえと、猫が言う>。それは本当に真っ白なのか。疑いや陰が織りなす灰色こそ現実であり、それをそのまま描きたいという姿勢であろう。
ナチスは「悪魔」だったが、その一方で支持した市民はどうなのか。「ブリキの太鼓」の居心地の悪さは割り切れぬ灰色のせいかもしれない。
政治も社会も白か黒かの二項対立の構図が強い世の中にあって灰色の濃淡を愛した視点は現在の敵対関係を解決するヒントにもなろう。
「彼のために太鼓を打ち鳴らせ」。洒落(しゃれ)た哀悼の辞は、親交のあった作家サルマン・ラシュディ氏のツイッターから拝借した。