魚住 昭 世界を歪めて見る恐怖-現代ビジネス(2015年2月15日)

1/2) http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41983
2/2) http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41983?page=2

忘れないうちに書いておきたい。NHKの番組「クローズアップ現代」のことだ。テーマは「ヘイトスピーチを問う」だった。(NHK「クローズアップ現代」2015年1月13日放送)

冒頭、東京・新大久保のコリアンタウンを日の丸を掲げて歩くデモの一団が映し出される。男の声がマイクを通して響く。「朝鮮人は全員死にさらせ!」「首を吊れぇ!」「焼身自殺しろっ!」
やがて場面は切り替わり、大阪のコリアンタウン・鶴橋。短いスカートをはいた女性がトランジスタメガホンで叫んでいる。「いつまでも調子に乗っとったら、鶴橋大虐殺を実行しますよーっ!」

この映像にショックを受けた方もおられるだろう。デモの参加者はどこにでもいる人々だ。たぶん彼らは職場では真面目な会社員だろう。私が知る範囲でもふだんの彼らは暴力性のかけらもない。

......

「1980年代の日本は『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と言われていました。'88年ソウル五輪でソウルの街がテレビに映ると『20年前の日本のよう』と言われた。韓国の学生運動も『20年前の日本みたいだ』と。これってすごい表現ですよね。まるで日本も韓国も乗っている単線の時間軸があって、韓国は日本に遅れてついてくるのが当たり前という思い込みが日本人にはあった」

だが、現実は違う。韓国は別の状況を生きる国だった。当時の韓国の学生運動も軍事政権に対する民主化闘争で、全共闘運動とは質が異なる。日本人は旧植民地・韓国を対等な「他者」と認められず、20年遅れの日本という、「他者性」のない世界観でしか見られなかった。加藤直樹さんがつづける。

「ところが20年たち、韓国は日本にはならなかった。違う政治や文化を持った先進国となった。日本はアジアで唯一の先進国ではなくなり、経済規模では中国に追い越され、日本こそがアジアを導く国だという明治以来の自意識を否定されてしまったんです」

近代100年で日本が初めて経験する事態である。かつては見下していた近隣諸国にきちんと他者として向き合うことを求められる。現実の経済活動も中国や韓国などを抜きにして成り立たない。そのうえこれらの国は日本の近代が野蛮だったと言ってくる。

「時が昔に戻ってほしい。そして安心したいというのが嫌韓・嫌中感情の下に隠れた欲望なのではないでしょうか。だからこそ安倍首相の掲げるスローガンが『日本を取り戻す』なんです。でも現実と欲望のギャップが大きいので日本人の世界観はますますひどく歪んでいく」と加藤直樹さんは言った。

注)加藤直樹さんの著書
『九月、東京の路上で―1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』(ころから刊)

九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響

九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響