エアコン論争 自治の営み鍛える一歩-東京新聞(2015年2月10日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2015021002000170.html
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小中学校の教室にエアコンを設置するべきか否か。埼玉県所沢市で告示された住民投票のテーマは身近ながら、人々の生き方をも自問させる機会となるだろう。地域の自治の力を磨く一歩としたい。

地方自治は民主主義の最良の学校である」とは、英国の政治家ジェームズ・ブライスの名言だ。

公選の首長や議会の決定といえども、唯々諾々と従えない場合がある。地域の問題を住民たちが自ら考え、解決する営みが民主主義を強くする。住民投票の意義の一つはそこにある。

航空自衛隊入間基地に近い所沢市には、市立小中学校が四十七校ある。エアコン設置の是非が問われているのは、このうち自衛隊機の騒音対策が施され、防音校舎になっている二十八校だ。

二重窓の特殊サッシだから密閉性が高く、夏に窓を閉め切ると暑いし、開け放つとうるさい。どちらにしても勉強に支障が出るとして、エアコンを待ち望んでいた子どもや保護者は多かったという。

しかし、二〇一一年に初当選した藤本正人市長は、その五年前から決まっていたエアコン設置計画を中止してしまった。反発した保護者らは民意を仰ぐべく八千四百人余りの署名を集め、住民投票条例の制定を直接請求したのだ。

市長は中止の理由をさまざま挙げている。まず東日本大震災原発事故を受け、地方の犠牲の上に成り立っている快適で便利な生活を見直すべきだとの思いが強い。

必要に応じて窓を開けて授業をしても、成績に悪影響はないという卒業生たちの声を基に、扇風機で乗り切れるとの考えだ。

二十八校にエアコンをつけると七十八億円かかり、国費を除く市の負担は三十億円に上る。国や市の財政事情は厳しい。学校相談員の充実を優先させるといった「教育はモノより人」が持論だ。

多様な反対論が出てしかるべきだ。大震災や原発事故からどんな教訓を学ぶかは、個々の住民たちの生き方に関わる。市長の価値観を押しつけるのは筋違いである。

問題の根源は騒音にある。基地の移転や飛行の抑制が難しいとすれば、市長は自らの無力を恥じるべきではないか。

教育の主役は子どもたちだ。学ぶ権利を守らねばならない。平穏無事な環境を整えることこそ「モノより人」の教育理念にかなう。

原発や道路、駅の建設をめぐり住民投票の動きが広がってきたことは歓迎したい。社会参加の意識や知恵を培う土壌となるだろう。