(筆洗)学徒出陣で戦死した学生たちの手記『きけわだつみのこえ』を読んで「この世には読み終えたということのできない本がある」と知った-東京新聞(2014年11月7日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2014110702000117.html
http://megalodon.jp/2014-1107-0958-05/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2014110702000117.html

作家の三浦綾子さんは、学徒出陣で戦死した学生たちの手記『きけわだつみのこえ』を読んで、「この世には読み終えたということのできない本がある」と知ったそうだ。読んだ者の責任を問い続ける本があるのだと。
今年のノーベル文学賞に輝いたフランスの作家パトリック・モディアノ氏の『1941年。パリの尋ね人』(作品社)も、そういう本である。邦訳は長く品切れだったが、氏の受賞を機にようやく版が重ねられたという。
<尋ね人。ドラ・ブリュデール。十五歳、一メートル五十五、うりざね顔、目の色マロングレー…パリ、オルナノ大通り41番地、ブリュデール夫妻宛情報提供されたし>
一九四一年十二月三十一日の仏紙に載った尋ね人広告を、モディアノ氏が目にしたのは半世紀近くもたってのことだった。氏は、ナチス・ドイツ占領下のパリで生きたユダヤ人の少女の痕跡を探し歩く。
だが、その痕跡とは、出生証明書、寄宿学校の名簿、その学校からドラが脱走した後に父親が出した尋ね人広告、そして収容所の移送記録…。書類と数枚の写真でしかたどれぬ少女の足跡は百万を超える人々とともに、アウシュビッツで消える。何の肉声も残さぬままに。
そこに浮かび上がるのは、戦争の時代に無名の人々をのみ込んだ忘却の闇だ。その闇は今を生きる私たちの足元にも広がり、何かを尋ね続けているのだろう。