こどもの日 権利 根づかせるために-信濃毎日新聞(2014年5月5日)


http://www.shinmai.co.jp/news/20140505/KT140504ETI090002000.php
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上田市NPO法人上田演劇塾の稽古場。公演に向けた土曜日の練習が一段落し、事務局長の岩下郁子さんと話す小中学生たちが、学校の決まりへの疑問を次々と口にした。

黙って掃除するのって、楽しくないよね」「自分のクラス以外の教室には入るなって、おかしくない?」「春休みとかに友達の家に泊まっちゃいけないって言うんだけど、なんで?」…

「先生には言ってみた?」。子どもたちに尋ねると、「言うと怒られる」「聞いてもらえそうもないし」と答えが返ってきた。

   <批准から20年を経て>

子どもの権利条約を日本が批准した1994年。岩下さんは高校生たちと一緒に「子どもだって人間なんだぞ!」という本を企画、出版した。

小中学生からも寄せられた大人への率直な思いは、今の社会にも通じる。子どもたちがそれをなかなか口に出せずにいる状況も変わっていない。

こどもの日。批准から20年を経た条約の現在を考えた。

子どもを大人の保護や指導の対象としてではなく、一人の人間として尊重される「権利の主体」ととらえたことがこの条約の要だ。89年の国連総会で採択され、これまでに批准、加入した締約国・地域は190を超える。

表現の自由、思想・良心の自由、休息し余暇を持つ権利…。幅広い権利保障の規定がある。12条は、子どもは自分に関わるすべての事柄について意見を表明する権利があり、それが十分に尊重されなければならないと定めている。

条約を踏まえ、権利を実現する取り組みは全国に広がってきた。神奈川県川崎市が2000年に制定した子どもの権利に関する条例は、子どもを「権利の全面的な主体」と位置づけ、政策指針とするだけでなく、市民や子どもたち自身の活動を後押ししている。

   <明確な姿勢の条例を>

長野県でも、阿部守一知事が2010年の知事選で子どもの権利条例の制定を公約して当選。有識者委員会が子どもたちによる部会も設けて意見を聞き、権利条約を踏まえた条例制定を求める提言を昨年7月にまとめた。

しかし、まだ制定には至っていない。子どもの権利を明記することに対して、自民党県議らから「自己主張を過度に助長する恐れがある」「子どもは育成の対象」といった反対論が出た。

県が示した子ども支援条例の要綱案は、いじめや虐待などの問題解決にあたる機関や相談窓口の設置に軸足を置き、権利保障の姿勢を明確に打ち出してはいない。

子どもを大人の価値観に一方的に従わせるような、権利条約の趣旨とは相いれない考え方も社会には根深くある。だからこそ県は、子どもの権利への認識を深める議論を積み重ね、立脚点を明確にした条例をつくるべきだ。

いじめや体罰、虐待から子どもを守り、国内でも深刻な貧困に苦しむ子どもたちを支えていくためにも、その人格を尊重することが土台になる。

松本市は昨年、子どもの権利に関する条例を制定し、子どもの居場所や社会参加の拠点づくりに取り組んでいる。前文に「子どもは生まれながらにして一人の人間として尊重される」と記し、権利の保障を前面に掲げた。

茅野市は、中高生たちが意見を出し合って市に提言する「こども会議」を08年に始めた。昨年からは、言うだけでなく自分たちで実行しようという継続的な活動「ぼくらの未来プロジェクト」に発展している。

条約が定める権利を保障するには、身近な場で、地域の実情に即した施策や、仕組みづくりが欠かせない。松本や茅野のような取り組みをさらに広げたい。

   <よりよい関係を築く>

フリースクール東京シューレ」の子どもたちは09年、「不登校の子どもの権利宣言」をつくった。子どもはひとりひとり個性を持つ人間であり、自分に合った学び方を選ぶ権利がある、大人は私たちの生き方を認めてほしい―。

宣言の訴えは、学校や社会のあり方を根本的に問い直していくことを大人たちに迫っている。

学校に行くのは当たり前という価値観が根強い社会の中で、自信を失いがちな不登校の子どもたちに、一人の人間として発言する勇気を権利条約が与えた。

その勇気は、すべての子どもが共有できるものだ。困ったら助けを求め、納得がいかないことには、おかしいと言う権利がある。大人の言いなりにならなくていい。我慢したり、一人で悩まず、声を上げてほしい。

それを大人はしっかり支えたい。耳が痛い意見にも向き合って、どうすべきかを一緒に考えていく責任が大人にはある。

子どもたちの視点でないと見えないことも多い。子どもと大人がよりよい関係を築いていくための指針として、権利条約を知り、日々の生活の中に生かしたい。