筆洗-東京新聞(2014年2月19日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2014021902000137.html

大雪。山梨県早川町。その町の二人の職員は八キロの雪道を歩いている。段ボール二個分の非常食をリュックサックに背負っている。往復十時間。雪と闘いながら前へ進む。孤立し、食料が尽きかけている「誰か」のために。
やはり雪で立ち往生した中央道の談合坂サービスエリア。その製パン会社の運転手は積み荷の菓子パンをただで配布している。おなかをすかせた「誰か」のために。
地上すれすれにヘリコプターが空中静止している。その自衛隊員は積もった雪の中へ飛び降りる。深い雪。足を取られて思うようには歩けない。それでも必死で立ち上がろうとしている。「誰か」のために。
インドネシア・バリ島。ダイビング中、行方不明になっていた日本人女性が岩場で見つかる。救助の船が近づこうとするが、高い波が邪魔をする。現地の人か。その男の人は泳いで岩場に向かっている。懸命に泳ぐ。肩を寄せ合い救助を待つ「誰か」のために。
ソチ五輪ノルディックスキー・ジャンプ男子団体。葛西紀明選手。個人戦で銀メダルに輝いても泣かなかったが、団体での銅メダルには声を上げて泣いている。銀メダルを自分のことのように喜んでくれたチームメートに団体戦でメダルを、どうしても取らせたかった。仲間という「誰か」のために。
講釈は無用であろう。日本や日本人に起きた、「ある一日」の出来事である。