検察官関与に反対する意見書

平成20年改正少年法等に関する意見交換会に対して、「子どもと法・21」では検察官関与に反対する意見書を2012年6月15日付で法務省に郵送しました。


検察官関与に反対する意見書

【趣旨】

現在行われている意見交換会では、被害者等傍聴の拡大、少年刑の見直しが行われていますが、いずれも反対です。さらに、全件付添人制度と「バランス」をとるとして検察官関与の拡大が論議されていますが、検察官関与の拡大も反対です。
今回は検察官関与についてのみ理由を付します。

【理由】

1.わたしたちの会
 わたしたち子どもと法・21の前身は、2000年の少年法「改正」の反対をしてきた「検察官関与に反対し少年法を考える市民の会」です。検察官関与は少年法の理念の中核を崩す象徴としてこの名称を使っていました。この会は少年司法に関係する現場の方・研究者も含め多くの市民が集い、徹底して「子どもの立場」にたって考えながら活動すべきとして市民運動をしてきました。2000年「改正」後子どもの状況がますます深刻になることを懸念し、2000年「改正」の監視と今後もあるかもしれない少年法「改正」反対運動を準備するのみならず、広く子どもの置かれている状況にも注視し改善を求めるため改組しました。国連子どもの権利委員会に、検察官関与を含めてこれまでの少年法「改正」の誤りをNGOレポートとして提出してきました(「少年司法の分野」)。今日では少年法やその「改正」問題を考えるため入会する学生等も増えています。


2.検察官関与と少年法の理念
 2000年、2007年、2008年と3度に渡った少年法「改正」は少年法の理念を崩すものでしたが、それに追い打ちをかけるかのように、「被害者等傍聴事件」対象の拡大のみならず、少年刑の見直しが行われているようです。このような情勢のなかにさらに検察官関与の拡大がなされれば少年法の理念の崩壊は決定的です。
 戦前の少年法でも少年審判に検察官は関与できませんでした。そして、戦後日本国憲法の制定とともに少年法も新しくなり、子どもの成長発達権(憲法13条)を支援する法として日本国憲法にふさわしい少年法が制定されたのです。少年法1条の「健全育成」とは教育基本法(1947年)と児童福祉法の目的と共通するもので、子どもの成長発達支援を意味します。
 犯罪をおかした子どもはさまざまな状況のなかで成長してきますが、犯罪の背後にはこの成長過程でもたらされた問題が大きくかかわっています。そこで当該子どもの成長発達を支援するためには人間諸科学を用いなければ適切な処遇ができないという考えで、新たに設置された家庭裁判所に人間諸科学の専門家である調査官制度を設け少年鑑別所も設置しました。そのうえで、教育的・福祉的観点で少年に働きかけ、少年の自立を促すというシステムです。(戦前の)少年審判所という行政機関でなく家庭裁判所という司法機関に少年審判を委ねたのは、このようななかにあっても人身の自由をうばう場合等があるので、人権をチェックする機関である司法機関にしたのです。そのうえで、付添人制度はさらにこれをチェックしたり、少年の成長発達を支援するために取り入れられました。当初から付添人制度はあって、そのバランスが欠けるから「検察官関与を」などという発想はまったくありませんでした。
 こうした考えで、犯罪の嫌疑の認められる犯罪少年の事件につき全件を人間諸科学機関をもつ家庭裁判所に送致することが義務付けられました。そのうえで家庭裁判所の審判には検察官の関与は一切認められませんでした。検察官は刑事責任を追及する機関でありその方針も刑事政策的観点からなされるところで、教育や福祉の機関ではないからです。逆にいえば、全件送致主義を崩したり、審判に検察官が関与すれば、処遇を決めるにも非行事実が最大の要素という考えになり、少年の要保護性の観点は大きく後退し、結果、少年法1条の理念は後退してしまうという考えからです。ですから、非行事実認定のためであっても、検察官関与は認められないのです。 
 このように全件送致主義と審判に検察官を関与させないというシステムは、少年法1条の理念を守るための中核に位置するものです。少年法1条の「健全育成」は人間科学主義が中核なのです。


3.2000年「改正」前の日本政府の考え方
(1) 子どもの権利条約における少年司法
 日本国は子どもの権利条約を締結しています。少年司法については、子どもの権利条約の「特別な保護を要する子ども」の分野に入っており、条約37条・40条のほか、少年司法運営に関する国連最低基準規則等子どもの権利条約と一体となる国際文書が多くあります。そして、単に少年司法の条項だけを考えるのではなく、条約全般にわたる包括的政策が必要とし、特に条約2条(差別の禁止)、3条(子どもの最善の利益)、6条(生命・生存・発達の権利)、12条(意見表明権)に掲げられた一般原則、そして条約37条40条に掲げられた少年司法の基本的原則を体系的に適用しなければならない、としています(国連子どもの権利委員会一般的意見10号「少年司法における子どもの権利」パラ5)。
 この一般的意見では、子どもの最善の利益(3条)と少年司法の関係について、「少年司法の運営との関わりで行われるすべての決定において、子どもの最善の利益が第一義的に考慮されなければならない。子どもは、その身体的および心理的発達ならびに情緒的および教育的ニーズの面で、成人とは異なる。このような違いが根拠となって、法律に抵触した子どもの有責性は軽減されるのである。これらのものをはじめとする違いこそが独立の少年司法制度を設けなければならない理由であり、そこでは子どもの異なる取扱いが要求される。子どもの最善の利益を保護するとは、たとえば、罪を犯した子どもに対応するさいには刑事司法の伝統的目的に代えて立ち直りおよび修復的司法という目的が追求されなければならないということである。」(パラ10)と言っています。また、条約6条との関係では「子どもの発達を支援するような方法で少年非行に対応するための政策につながらなければならない。」(パラ11)としています。
 そしてこの一般的意見はいいます。「委員会は、公共の安全の保全が司法制度の正当な目的のひとつであることを認知する。しかし委員会は、この目的を達成するにもっとも役立つのは、条約に掲げられた少年司法の主導的かつ総括的な原則の全面的に尊重および実施することであるという見解をとるものである。」(パラ14)。
 現行少年法も、少年の健全育成を図ることで、結果として上記をもたらすという視点を持っています。実際、成長発達を支援するという形で再犯を防いでいる日本の少年法はこの点でよく機能しており、世界的にみても犯罪が少ない国になっているのです。

(2)1996年日本政府報告書
 このような条約の考え方に日本の少年法はよく合致していました。
日本政府は国連の子どもの権利委員会(CRC)に定期的に報告をしていますが、2000年少年法「改正」前は次のように報告しています(1996年5月30日の第1回日本政府報告書)。
 「家庭裁判所は、非行事実の有無について判断する司法的機能を有するとともに、再非行防止の観点から、人間関係諸科学の専門職である調査官の補助を得ながら、少年、保護者又は関係人の行状、経歴、素質、環境等について医学、心理学、教育学、社会学等の専門知識を活用して調査を行い、非行の原因、再非行予防のための諸要素に関する要保護性の判断を適切に行う福祉的機能を有している。そして、この二つの機能を生かすためには、検察官が弾劾し、その刑事責任を追及するという刑事手続のような対立構造は好ましくなく、関係者の協力を得て、裁判官が直接少年に語りかけ、教育的な働きかけを行うことのできる非形式的な審問構造の方がふさわしいことから、少年審判手続では、家庭裁判所が自ら事件を調査し、審問を行い、少年にとって最も適切、妥当な措置をとり又は処遇を決定する職権主義的審問構造を採用している。」


4.検察官関与と検察官の抗告受理申立制度を新設した2000年「改正」の誤り
 2000年「改正」は2000年6月に廃案になった政府案に代わって、与党案という議員立法でなされました。 廃案になった政府案では検察官関与の対象は、犯罪少年にかかる死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁固にあたる罪でした。しかし、これは反対が多く廃案になったのです。そこで与党案は検察官関与の対象を狭め現行法の範囲で提案し、それが採択されたのです。
 わたしたちは、これまで述べた理由でそもそも検察官関与に反対していましたし、現在もそれは同じです。したがいまして、少年審判に検察官関与をさせる現行法こそ、それを見直し、もとに戻すべきだと考えています。ましてや、それを拡大することがあってはならないと考えます。


5.非行事実を争う少年に対してどのように対応するか
 2000年「改正」の論拠は、非行事実が激しく争われる事件において少年との対峙状況を回避し、非行事実認定に多角的視点を取り入れることにより、非行事実認定手続を「適正化」するためのもの、とされました。しかし、これは、「非行事実あり」の方向へと少年を追及しようという必罰主義的手続であり、無辜の発見・救済を困難にします。さらに「非行事実」概念も広範で曖昧であって、社会秩序維持・社会防衛適用性を少年審判に取り込むことになるばかりか、さらに少年法において、非行事実を最大要素に置くことになり、科学主義を基盤として機能する「健全育成」という法の目的を崩壊させるものでした。 
 先述した日本政府報告にあるように、少年法は、科学主義を採りながら少年と向きあって真実を把握していくことを予定しています。
 家庭裁判所に捜査機関から捜査記録を送られますが、そのときは、刑事裁判と異なって起訴状一本主義もなく予断排除の原則は採られていません。当事者主義も採られておらず職権主義で進行されます。家庭裁判所では、こうしたシステムのなかで、送られてきた証拠を吟味するという「嫌疑の洗い直し」の視点で、この少年が非行をおかしたのか否かを精査するのです。そして、少年審判にあっても、「消極的実体的真実主義」(もしかしたらこの少年は非行をおかしていないかもしれないという視点で真実を発見する)がとられ、「積極的実体的真実主義」(おかしたかもしれないという方向でみる。結果必罰主義になる)は誤りだとされたのです。
 しかし、徐々にそれが変わり、教育機能の名で「やったのにウソがとおってやっていないというのは許されない」という誤った考えが出始め、2000年「改正」により、それがより強まり、司法機能の名で、少年司法の社会防衛機能が強化していきます。ここでは少年の主張は押しつぶされ、不信感と無力感を与え、反教育的効果をもたらします。
 もう一度法と国際文書を確認します。
 少年司法運営に関する国連最低基準規則にあっては、「手続は少年の最善の利益に資するものでなければならず、かつ、少年が参加して自らを自由に表現できるような理解し易い雰囲気の下で行われなければならない。」(14条2項)とされています。
 「審判は、懇切を旨とし、なごやかに、これを行わなければならない。」とした「改正」前少年法22条は、上記と通じます。審判は、非行事実認定と要保護性の判断をし、処遇をきめる場面です。この条文は、捜査機関が送った証拠で一応の心証を持つ可能性はあるが、まったく白紙の心境で少年とじかに相対して、その心情を洞察し、事案全体の真実と問題性の所在を把握することに努めるため、置かれた条文です。少年審判の場は、健全育成を究極の目標とする保護手続全体のかなめとして「教育の場」であり、ケースワーク的な機能をも営むのです(団藤・森田 新版『少年法』第二版参照)。


6.政府や最高裁判所は何をすべきか
 残念ながら、少年法の理念は市民に十分理解されているとはいえず、ますますその傾向が強まっています。
 しかし、CRCの一般的意見10号「少年司法における子どもの権利」パラ96では「罪を犯した子どもはメディアで否定的な取り上げ方をされることが多く、これがこうした子どもたちに対する、かつしばしば子どもたち一般に対する、差別的および否定的なステレオタイプの形成を助長している。罪を犯した子どもを否定的に取り上げ、または犯罪者扱いすることは、しばしば少年非行の原因に関する誤った提示のしかたおよび(または)誤解にもとづいており、かつ、より厳しいアプローチ(たとえばゼロトレランス〔絶対的不寛容〕、3ストライク・アウト〔3度以上有罪と認定されれば例外なく収監刑〕、義務的量刑、成人裁判所における裁判および他の主として懲罰的性質の措置)を求める声に帰結するのが常である。」といっています。市民の少年法の理念が深まらず逆に誤解が拡大しているのは、このような状況があるからだと思います。
 だからこそ、CRCの同一般的意見ではこの文章に続いて、「少年非行の根本的原因およびこの社会問題に対する権利基盤アプローチに関して理解を深めるための積極的環境を創り出すことを目的として、締約国は、刑法に違反したと申し立てられている子どもに条約の精神および義務にしたがって対応する必要性および義務についての意識を高めるための教育的その他のキャンペーンを実施し、促進しかつ(または)支援するべきである。これとの関連で、締約国は、議会議員、NGOおよびメディアの積極的かつ前向きな関与を求めるとともに、刑法に抵触したことのあるまたは現に抵触している子どもに対する権利基盤アプローチについての理解の向上に関する、彼らの努力を支援することが求められる。子ども、とくに少年司法制度に関わった経験を有する子どもがこれらの意識啓発の努力に関与することは、不可欠である。」としているのです。
 加えて、パラ97で、「法執行および司法機関に従事するあらゆる専門家が、条約の規定一般、とくにその日常業務に直接関わる規定の内容および意味について適切な訓練を受けることは、少年司法の運営の質にとってきわめて重要である。」としています。
 最高裁判所は1950年代、「少年法は甘い」「凶悪化している」等の意見でた際、「客観的な数値は凶悪化していない」「少年法に理解を求める」などとしていました。
 いま必要なのはこのような取り組みであること、そしてそれは国連からも要望されていることだということを真摯に受けとめてください。

以上

子どもと法21より引用 http://www.kodomo-hou21.net/essay.html