オレンジと太陽


未婚の母親の手元から赤ちゃんが、引き離される。

イギリス、ノッティンガムソーシャルワーカーとして働く、マーガレット・ハンフリーズ。彼女は、養育が困難となった家庭の子どもを保護する仕事についている。

1986年のとある日「自分は誰なのか知りたい」と、幼いころに子どもだけで船に乗せられ、オーストラリアに送られたという女性と出会う。
別の日には「多分、僕はあなたの弟です」と伝える手紙がオーストラリアから届いたと話す女性があらわれる。

親族の承認なしに子どもの移民ができるはずがないと、マーガレットはロンドンのオーストラリア大使館に、ことの真相を確認に行く。
「ここには資料がない」「英国政府に聞いてくれ。彼らがやったことだ」とつれない対応を受ける。
当初、移民の話が信じられなかったマーガレットだが、調査を続けていくうちに、施設に預けられた子どもたちが、1970年までに異国に送り続けられていたことが判明する。



この「オレンジと太陽」という映画では、イギリスとオーストラリアが交互に描かれる。イギリスの街並みは、曇天で日差しが少ない。一方のオーストラリアは、澄みきった青空のもと、乾ききった砂漠の大地と南国の真っ青な海が広がる。“太陽が輝き、いつでもオレンジを食べて暮らすことができる”と告げられ、13万人もの子どもたちがイギリスからオーストラリアに移民をさせられていた。


原作「からのゆりかご」(マーガレット・ハンフリーズ著)によると、一通の手紙から、様々な事情で子どもが施設に預けられていた様子がうかがえる。


拝啓
私の幼い息子をお預かりいただきたく余地はございませんでしょうか。これまで仕事を見つけることが難しく、今やっとプリストルの工場に仕事を見つけましたが、子供を手もとに置くことができません。現在四歳で手のかかる子供ではありません。私が自立できるまで、しばらくの間だけお世話いただけますなら、私はきっと迎えに参ります。(以下略)


その子どもらが、児童移民として、異国に送り続けられていた。映画では、児童移民トラスト(基金)を立ち上げて、ソーシャルワーカーとして働く、一人の女性、マーガレットの生き方を描く。国から忘れ去られた元“児童移民”の彼ら彼女らは、自分のアイデンティティを求めてさまよい続けていた。その彼ら彼女らを救うべく、手を差し伸べたマーガレットには、関係者からのさまざまな妨害を受ける。
にわかには信じがたい“児童移民”の真実を明らかにした女性、マーガレット・ハンフリーズの実体験を、名匠ケン・ローチを父に持つジム・ローチ監督が映画化した『オレンジと太陽』が4月14日(土)より岩波ホールほか全国にて公開される。事実を隠そうとする組織の大きな力に巻き込まれながらも、意思を貫く女性、マーガレットを『戦火の馬』のエミリー・ワトソンが演じている。


私は誰なの。アイデンティティを知りたい。施設に預けられたことでの苦悶。これまでに救いの手を差し伸べられることがなかった。


多くの移民が今もって母や父が死んだと思いこまされているのである。ところが、過去7年間にわたって数千件のケースを調査した結果、間違いなく孤児と呼べる児童移民は一人しか発見していない。(原作「からのゆりかご」から引用)


原作の「からのゆりかご」によると、子どもたちの中にはオーストラリアに着くと、彼らの記録が「不完全」だという理由で、新しい名前と生年月日が与えられた者がいる。自分の国(英国)から見捨てられたと思うことで深い痛みと傷をうけてしまっていた。
そのため、原作者のマーガレットは、映画製作にあたり、監督のジム・ローチに当事者の人たちを傷つけるような映画であってはならないと条件を付けていた。


その彼ら彼女らを救うべく、手を差し伸べたマーガレットには、関係者からのさまざまな妨害を受ける。また、オーストラリア生活での過酷な労働と虐待の悲劇的な話を聞くことで、「心的外傷後ストレス障害」(PTSD)に苦しむことにもなる。そのため、仕事を続けられなくなると弱気になったり、自分の幸福な家庭を申し訳なく思ったり、反対に仕事をすることが、自分の夫や子どもたちを犠牲にしていると苦悩する。これらの難局を乗り越えていくマーガレットの行動が、魅力的に描かれている。


この映画を通じて、イギリスで行われた児童移民政策の事実を知ることとなるが、日本でも同様に、戦前の「満洲国」への移民政策があり、中国に置き去りにされた中国帰国者問題に対し、日本政府はいまだに正式な謝罪をしていない。一方、オーストラリア、イギリス両政府は、この映画の製作途中で、正式な謝罪が行われた。

British children deported to Australia/BBC
http://www.bbc.co.uk/insideout/eastmidlands/series9/week_nine.shtml

Telegraph のブラウン首相謝罪の記事
http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/6575200/Gordon-Brown-to-apologise-for-Britains-shameful-child-migration-policies.html


児童移民トラスト http://www.childmigrantstrust.com/
NPO法人中国帰国者の会 http://www.kikokusha.com/


児童移民計画には、大きな慈善団体がほとんど関わり、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドローデシアへ送られていた。子どもの移民は17世紀以来、周期的に行われた。1900年から30年代の不況に至るまでは、子どもはおもにカナダに送られ、第2次大戦後、各慈善団体や関係機関はオーストラリアに活動を集中し始めた。


彼らは、強制的にオーストラリアに移民として連れてこられ、多くの者は懸命に働き、家族を養い、心から歓迎してくれたわけでもない国に税金を払ってきた。オーストラリアに50年、60年場合によっては70年在住しているにもかかわらず、いまだに市民権のない者さえいる。(原作「からのゆりかご」から引用)


映画の後半で、荒涼とした大地「ビンドゥーン」にたたずむ大聖堂が映し出される。この大聖堂は児童移民の子どもたちだけで、造られている。
「君は、本当に酷(むご)い虐待が行われていたビンドゥーンへ行かなければならない。そうでなければ、君は真の意味での僕らを受け入れているとは言えない」と言われ、マーガレットが立ち寄るシーンがこの映画のクライマックスとなる。


これまで、知らされていない事実を掘り起こし、また、同じ過ちをしないように語り継いでいくこと、そして、その彼らを支援することが必要であると心に刻まれる映画である。

監督:ジム・ローチ
主演:エミリー・ワトソン

原題 ORANGES AND SUNSHINE
公式サイト http://oranges-movie.com/
原作:「からのゆりかご」マーガレット・ハンフリーズ著・近代文藝社http://www.kindaibungeisha.com/
製作年/国 2010年/英
配給 ムヴィオラ
2012年4月14日より岩波ホールにて公開予定