那珂市長が東海第二再稼働「反対」表明 「それぞれの首長で判断」 東海村長が市民団体に回答:茨城 - 東京新聞(2018年10月24日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/list/201810/CK2018102402000150.html
https://megalodon.jp/2018-1024-1108-24/www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/list/201810/CK2018102402000150.html

東海村日本原子力発電(原電)東海第二原発の再稼働を巡り、山田修村長は二十三日、再稼働の事前同意が必要とされる那珂市海野徹市長が再稼働に反対を表明したことに「それぞれの首長でいろいろな判断の仕方があり、私がとやかく言うものではない」と述べた。また、山田村長が是非を判断する時期については明らかにしなかった。 (山下葉月)
山田村長はこの日、市民団体「原発いらない茨城アクション実行委員会」のメンバー約四十人と面会し、考えを説明した。
村や那珂市水戸市など東海第二の三十キロ圏の六市村は、原電が再稼働時に事前に同意を取る協定を締結している。
団体は、事前同意の根拠となっている協定に盛り込まれた「実質的な事前了解権」のあり方など七項目についてただした。「実質的な事前了解権」の意味について「一市村でも了解しなければ先に進めないという合意はあるのか」などとする質問状を送付していた。
これ対し、山田村長は「六市村の理解が得られなければ協議が続くから、先に進めない。各首長もそういう認識だ。私も協議をする中で、何らかの合意がないと次に進めないと思っている」と回答。一自治体でも反対すれば、再稼働できないという認識を示した。
その上で「六市村共通の認識だという合意を取ったわけではなく、原電も明確に認める発言はしていない」と曖昧さがあることも示した。
団体は、六市村に対し、同様な質問状を提出。水戸市には十八日に訪問し、高橋靖市長と面会。高橋市長は「すべての首長が納得するまで協議し、協議が終わるまで再稼働しないとの確約がある」と説明していた。今後、那珂市常陸太田、ひたちなか、日立の四市も訪れ、回答を求める。

医学部入試不正 受験生を泣かせるな - 東京新聞(2018年10月24日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018102402000153.html
https://megalodon.jp/2018-1024-0903-54/www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018102402000153.html

医学部の入試不正疑惑が広がる。文部科学省の調査で、複数の大学で女性や浪人生が差別された疑いのある事例が確認された。受験生の不安をぬぐえるよう、早急にすべてを明らかにするべきだ。
同省は二十三日、浪人生や女性が面接で不利に扱われた事例や、逆に同窓生の子どもは合格圏外でも合格したとみられる事例を中間報告として公表した。全校の調査が終わっていないことなどを理由に大学名を明らかにしていない。
調査は、東京医大で入試不正が発覚したため行われた。過去六年間の入試で男子の合格率の方が女子より高かった大学は八十一校中六十三校と78%に上った。最初は各校とも不正を認めなかったが、同省の担当者が大学を訪れて資料を調べるなどして、複数校で得点操作などの疑いが浮かんだ。
同省は、疑惑について大学が自ら事実を明らかにし、受験生の救済に当たるよう求めている。合格率の男女差が一・六七倍で最大だった順天堂大は第三者委員会を設置し、十一月中に見解を公表するとしている。
出願シーズンは目前だ。本来なら今春の入試で受かっていたはずなのに、大学側の不公正な取り扱いで不合格となり勉強している浪人生もいるだろう。大学は一刻も早く事実を隠さずに示し、救済に入る責任がある。受験生の人生を考えれば、文科省も一定期間のうちに対処しない大学については、具体名の公表に踏み切るべきではないか。
合格率の男女差については不明な部分も多い。男女差が二番目に大きかった昭和大は浪人への不利な取り扱いは認めたが、女性差別は否定した。中間報告では、公正さを確保するため面接に女性教員を入れて男女バランスに配慮している大学の取り組みなどを紹介している。ただ大学の女性教員の比率は全学部を通じてまだ二割程度だ。大学自体の多様性を高めることも、ゆがんだ入試を許容しない風土を育むことにつながるのではないか。
今回、不正が明らかになったのは合格率という数字の力が大きい。来年以降も継続して、各大学は男女別の合格率を公表してはどうか。他の学部についても受験生は知りたいだろう。二〇二〇年度からは大学入学共通テストの導入など入試改革も始まる。入試への信頼が揺らげば、新制度への滑らかな移行は望めない。公正の土台を整えることが急務だ。

(筆洗)中央省庁による障害者雇用の水増し - 東京新聞(2018年10月24日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018102402000118.html
https://megalodon.jp/2018-1024-0905-00/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018102402000118.html

締め切りが迫っているのにまったくアイデアが浮かばない。作家にとっては冷や汗ものの状況であろう。なんとしても、原稿用紙のマス目を埋めなければならない。
とにかく行数を増やすための方法にこんなのがあるそうだ。作品の中に兵隊を描く。整列させ、点呼を取る。「一」「二」「三」「四」…。そのたびに改行する。十人の兵隊がいれば、これだけで十行。もっと増やしたければ、「もう一度!」と書けばよい。
武者小路実篤の「秘技」と聞いたことがあるが、真偽のほどはよく分からぬ。「先生、かんべんして」という編集者の声が聞こえてきそうだが、これに比べれば、作家の「点呼」がかわいく思えてくる、中央省庁による障害者雇用の水増しである。
障害者をきちんと雇用しているという体裁のためだろう。対象外の職員三千七百人を不正に計上していた。その分、本来、雇用されるべきだった方がいる。それが単なる水増しではなく、障害者の心まで傷つける行為だとなぜ誰も気がつかなかったか。
調査報告書によれば、在職していない人、視力の弱い人に加え、既に亡くなっていた人まで障害者としてカウントしていたという。
国の機関の法的雇用率2・3%の数合わせのために、この世になき人まで動員していたとはでたらめな「点呼」が過ぎる。猛省と厳格な対応を。「もう一度!」など断じて許されぬ。

障害者雇用 水増し不正の根絶を - 朝日新聞(2018年10月24日)

https://www.asahi.com/articles/DA3S13737095.html
http://archive.today/2018.10.24-000544/https://www.asahi.com/articles/DA3S13737095.html

中央省庁が障害者の雇用数を水増ししていた問題で、第三者委員会の検証報告や地方自治体の自主点検結果が公表された。
国の行政機関での不正事例は3700人分に上る。新たに公表された都道府県・市町村などの約3800人分と合わせると、過大計上は約7500人分にもなる。国会や裁判所でも同様の事例が見つかっている。
信じ難いほどの不正の広がりだ。だが、なぜ水増しが行われるようになったのか、肝心な点が解明されていない。
そもそも1カ月余りでの検証には、限界がある。調査を続け、歴代の関係者も含めて責任の所在を明確にし、厳正に対処すべきだ。不正の根を突き止め、絶つことなしに、再出発はあり得ない。
三者委によれば、各省庁は障害のある職員が退職した際、多くの場合、在職している職員の中から新たに障害者を選び、雇用率に算入していたという。まさに法定雇用率を充足するための「数合わせ」ではないか。
手法も悪質だ。「うつ状態」と自己申告した職員などを、臓器などの内部機能に障害がある「身体障害者」としたり、長年引き継がれてきた名簿をもとにすでに退職した人や亡くなった人を加えたりしていた。
再発防止のため、厚生労働省が各省向けの手引を作成し、各省庁でも複数の職員によるチェックを強化するというが、不十分だ。第三者委は、各省庁への指導監督体制の不備も指摘している。早急に見直すべきだ。
水増しの発覚で下がった障害者雇用率を上げるため、政府は2019年末までに、計約4千人の障害者を採用する方針だ。早急な是正は必要だが、「数合わせ」に終わってはならない。
やりがいを持って働ける職場の環境づくり、その人に適した仕事の内容や働き方の工夫、サポート体制がなければ、長く働き続けることは難しい。
障害者の社会参加にとどまらず、共に働くことは誰もが働きやすい職場の実現にもつながる。共生の理念が政策に反映される意義も大きい。
そんな障害者雇用の原点に立ち返り、それぞれの人が能力を発揮できる職場改革に取り組まねばならない。
今年4月から法定雇用率が引き上げられ、民間でも障害を持つ人を活発に採用している。民間と奪い合うのでは、障害者の雇用を広げることにならない。民間でなかなか採用が進まない精神・知的障害の人たちの働く場を広げることこそ、公的機関の役割ではないか。

(障がい者雇用検証)責任あいまいで不十分 - 沖縄タイムス(2018年10月24日)

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/334423
https://megalodon.jp/2018-1024-0906-25/https://www.okinawatimes.co.jp:443/articles/-/334423

これだけ長く、これだけ広範囲に障がい者の雇用を奪っておいて、「恣意(しい)的だが意図的ではない」との結論は合点がいかない。
中央省庁の障がい者雇用水増し問題で、弁護士らによる第三者検証委員会が調査報告書を公表した。
国の33行政機関にヒアリングを実施した結果、28機関で3700人を不適切に「障がい者」と計上していたことが明らかになったのだ。うち国の指針で定めた障害者手帳などの所持が確認できていない人が9割に上った。
最も多かったのは国税庁だが、障害者雇用制度を所管する厚生労働省でもルールは守られていなかった。水増し分を除くと雇用率は1・18%に下がり、法定のほぼ半分となる。
障害者手帳などの文書を示し、法定雇用率に達していなければ納付金が課される民間からすれば、到底あり得ないことだ。
さらにあぜんとしたのは悪質な手法である。
亡くなった人や退職した人も計上(国土交通省)▽精神障がいの明確な基準を持たず、仕事に来られなくなった人や仕事になっていない人も加えた(外務省)▽矯正視力によるべきところを、しぐさなどから視力が悪そうな人を計上(農林水産省
それなのに検証委は「障がい者の対象範囲や確認方法の恣意的解釈が不適切な計上の原因」とし、「意図的に不適切な対応をした例はない」と結論付けた。
法令を熟知している官僚が「意図しなかった」というのは、にわかには信じ難い。

■    ■

多くの省庁で水増しの開始時期はよく分かっていないが、財務省障害者雇用促進法の前身となる法律が制定された「1960年ごろ以降」と回答している。
問題が放置され続けた背景には、監督機関のチェックがなく「公的機関が不正をするはずがない」という過信があったのだろう。
中央省庁で引き継がれた勝手な解釈の裏には「障がい者にできる仕事ではない」という排除の論理が働いていたのではないか。
報告書は誰がどのような経緯で始めたかについては踏み込まず、内容は不十分だ。法律をゆがめ、障がい者の権利を大きく損ねたというのに責任の所在もあいまいである。
不正の全容を明らかにするためにも、きょうから始まる臨時国会で真相究明に向けた審議を進めるべきだ。  

■    ■

再発防止に向け、政府は障害者雇用促進法を改正し、厚労省の調査権限を強化する考えを示す。来年末までに中央省庁で4千人超の障がい者を採用する計画も立てる。
しかし省庁の中には「自力通勤」や「介護者なしでの業務遂行」を応募条件としているところがある。施設のバリアフリー化も進んでいない。法定雇用率を優先するあまり、軽度の人に偏ったり、「数合わせ」に走ることを危惧する。
障がい者雇用に誠実に向き合い、障がいの種類や程度に応じたきめ細かな対策を講じ、信頼回復に努めてほしい。

(大弦小弦)「落ち着いて仕事に集中できる」「疲れたら昼休みに体を休めることができる」… - 沖縄タイムス(2018年10月24日)

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/334422
https://megalodon.jp/2018-1024-0908-18/https://www.okinawatimes.co.jp:443/articles/-/334422

「落ち着いて仕事に集中できる」「疲れたら昼休みに体を休めることができる」。身体や精神に障がいがありながら、在宅で自分らしく生き生きと働く姿は頼もしかった

▼以前取材した障がい者雇用を考えるフォーラムの一こま。従業員の8割が障がい者という東京の企業が、インターネット電話でつないで紹介した在宅勤務者の感想だ

▼ことし4月の障がい者の法定雇用率などの改定に伴い、企業や障がい者雇用を支援する側、当事者らが学ぶ機会が多くあった。障がいを理解し、どうサポートしていくか。多様な働き方への相談や説明会に関心が集まった

▼そんな民間の動きをよそに、明らかになった中央省庁の障がい者雇用の水増し問題。検証委員会がまとめた調査報告書では、沖縄でも県知事部局や教育委員会などで100人余りの水増しがあった

障がい者手帳を確認していなかったなどが主な要因だが、認識の甘さだけではすまされない。問われているのは、障がいに関係なく社会参加できる「共生社会」にどう対応するかの意識だろう

▼先述の企業は大切にしている二つを挙げる。多様な障がいを認め合い、適切に配慮し合う「ケア」、障がいがあっても自己ベストを目指す努力と成長を公正に評価する「フェア」。行政には共生社会の原点ともいえるその精神を学んでほしい。(赤嶺由紀子)

明治150年式典 礼賛よりも反省すべきだ - 琉球新報(2018年10月24日)

https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-823185.html
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政府が「明治150年記念式典」を開催した。近代化を成し遂げた先人の偉業を振り返り現代に生かす狙いという。侵略、戦争で国内外に甚大な被害を与えたことを反省して、現在と未来に生かすのでないなら、式典を開く意味はない。
安倍晋三首相は式辞で、今を「国難の時代」とし「明治の人々が、勇気と英断、たゆまぬ努力、奮闘によって、世界に向けて大きく胸を開き、新しい時代の扉を開けたことに思いをはせながら、私たちは、この難局に真正面から立ち向かい、乗り越えていかなければならない」と述べた。
そして若い世代に向け「この機会に、わが国の近代化に向けて生じた出来事、人々の息遣いに触れ、光と影、さまざまな側面を貴重な経験として学び取ってほしい」と呼び掛けたが「影」の部分について具体的に説明しなかった。
政府主催式典というと2013年4月28日の「主権回復」を祝う式典を思い起こす。1952年にサンフランシスコ講和条約発効で日本が独立を回復した一方で、沖縄や奄美は分離され米統治下に置かれた。この日を「屈辱の日」としてきた沖縄では、式典に強い反発が起きた。
沖縄から見ると、明治150年の前半はアジア太平洋戦争と沖縄戦で終わった。そして後半の始まりが「屈辱の日」である。日本に復帰して46年を経た今も米軍専用施設面積の約70%を押し付けられ、民意を踏みにじられ続け、事実上の植民地支配、差別を受けている。式典会場近くで批判する集会が開かれたのは当然である。
安倍首相は、幕末に松下村塾で維新の志士たちを育てたという吉田松陰を尊敬し、演説でしばしば引用してきた。その松陰は「幽囚録」で次のように説いた。
「今、急いで軍備をなし、軍艦や大砲が備われば、蝦夷(北海道)を開墾して諸侯に統治させ、間に乗じてカムチャツカ、オホーツクを奪い、琉球を説得して諸侯と同じようにさせ、朝鮮を責めて古代のように従わせ、北は満州中国東北部)を分割し、南は台湾、ルソン(フィリピン)を収め、次第に進取の勢いを示すべきである」
まさにこの通りに、近代日本は膨張政策を推し進めた。1879年の「琉球処分」(琉球併合)と、アイヌ民族の土地を奪って進められた北海道開拓が、日本の膨張政策の始まりだったことを忘れてはならない。そしてその結末が、アジア太平洋戦争の惨禍と連合国による占領だった。
安倍首相は「日本を取り戻す」というスローガンを掲げ、特定秘密保護法、安全保障関連法、共謀罪などを国民の根強い反対を無視して成立させてきた。戦前の強権国家の再来を懸念する。なすべきは明治150年を礼賛するのではなく、歴史に学び、植民地支配や戦争を二度と繰り返さないと誓うことである。

<金口木舌>明治150年は「事だよ」 - 琉球新報(2018年10月24日)

https://ryukyushimpo.jp/column/entry-823190.html
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山之口貘の詩に曲を付け歌い、沖縄でも親しまれたフォーク歌手高田渡さんに「事だよ」という作品がある。この中で「明治百年」の祝賀ムードを取り上げている。1968年のことだ
▼慶応から明治へ元号が変わって100年を祝う騒ぎを「さあさあ 事だよ事だよ 明治百年は 事だよ」とはやし立て、「百年もよくもまあ 黙っていたのは 事だよ」とちゃかした。祝賀は唐突だったのだろう
▼沖縄はどうか。当時の本紙をめくっていると「明治百年」の文字がちらほら見える。那覇市内の宝石店は記念メダルを売り出した。民主団体は「正しい歴史意識をゆがめるもの」と抗議した。賛否両論あった
▼今年は「明治150年」。政府は諸行事を実施した。「明治以降の歩みを次世代に遺すことや、明治の精神に学び、日本の強みを再認識することは、大変重要だ」とは菅義偉官房長官の弁。それだけで良いか
▼歴史に学ぶのはいいが、「日本の強みを再認識」には引っ掛かる。沖縄、アイヌに対する明治政府の所業を忘れてはなるまい。アジア諸国に対してもだ。「明治の精神」をめでるだけでは済まぬ
▼「沖縄における明治百年の歴史は差別と屈辱の植民地的な歴史であったと私は考える」。68年末、本紙に載った投稿だ。政府による沖縄の植民地的扱いは相変わらず。50年何をやっていたのか。それこそ事だよ。