木村草太の憲法の新手(91)裁判官分限法で判事処分 適正手続きに大きな問題 弁明・防御の機会奪われる - 沖縄タイムス(2018年11月4日)

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/340592
http://web.archive.org/web/20181106005634/https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/340592

9月16日掲載の本コラムで触れた、東京高等裁判所岡口基一判事に対する分限裁判の判断が、10月17日に示された。
まず、事案を振り返ろう。今年5月、岡口判事はツイッターに、「公園に放置されていた犬を保護し育てていたら、3か月くらい経(た)って、もとの飼い主が名乗り出てきて、『返して下さい』。え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?3か月も放置しておきながら…、裁判の結果は…」との文章と共に、犬の所有権を巡る訴訟を報じたニュースへのリンクを投稿した。
東京高裁は、林道晴長官名義で、岡口判事のこのツイートは原告(犬の元の所有者)の「感情を傷つけ」るものであり、「品位を辱める行状」(裁判所法49条)に該当するとして、最高裁に懲戒を申し立てた。最高裁は、次のような理由で、岡口判事を戒告処分とする決定をした。
まず、「品位を辱める行状」とは、「裁判官に対する国民の信頼を損ね、または裁判の公正を疑わせるような言動」を意味する。
「本件ツイートは」「訴訟を上記飼い主が提起すること自体が不当であると被申立人〔著者注:岡口判事〕が考えていることを示すもの」である。この行為は、「裁判を受ける権利を保障された私人である上記原告の訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示すことで」、「裁判官に対する国民の信頼を損ね、また裁判の公正を疑わせ」た。したがって、岡口判事を戒告処分に処すべきである。
この最高裁判所の決定には、さまざまな問題があるが、今回は、手続保障の観点に絞って検討しよう。
公務員の懲戒処分は、国家が処分対象者に重大な不利益を与えるものだ。したがって、刑事手続きの適正を要求する憲法31条が類推適用される。憲法が求める「適正な手続き」と言えるためには、(1)あらかじめ処分理由が告知され、(2)十分な弁明と防御の機会が与えられねばならない。

まず、(1)について。

そもそも東京高裁の申立書は、岡口判事のツイートが「原告の感情を傷つけた」とするのみで、「国民の信頼を損ねた」とか「裁判の公正を疑わせた」といった事実は主張していない。つまり、最高裁決定は、申立書にない理由に基づいて、岡口判事を処分している。

続いて(2)について。

当然のことながら、岡口判事側は、申立書に記載されていない事情について、弁明も防御もしようがなかった。
さらにひどいことに、手続きはこの最高裁決定で終結してしまう。通常の刑事裁判では、一審が不当な判断を示したと考えられる場合には、控訴審に判断の見直しを求められる。ところが、最高裁による裁判官の懲戒処分には、法律上、異議申し立てをする手続きが定められていない。岡口裁判官は、完全に弁明・防御の機会を奪われたまま、懲戒処分を甘受せねばならない。この責任の一端は、裁判官分限法を制定した国会にもある。
このように、今回の決定と、その根拠となった裁判官分限法には、適正手続きに大きな問題がある。それだけでなく、この決定は、一般市民にも大きな悪影響がある。次回はその点を扱いたい。(首都大学東京教授、憲法学者

<原発のない国へ 全域停電に学ぶ> (2)稚内 再生エネ生かせず - 東京新聞(2018年11月5日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201811/CK2018110502000121.html
http://archive.today/2018.11.05-003847/http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201811/CK2018110502000121.html

「非難ごうごうだよ。こんなにたくさん発電施設があるのに、何の役にも立たねえのかよ、って」
日本最北端の北海道・宗谷岬近くのガソリンスタンドの社長、安田龍平さん(56)が、九月六日未明に北海道地震で発生した全域停電を振り返った。周辺に数多くの風車が立ち並ぶというのに、知り合いのリース業者からディーゼル発電機を借り、普段より一時間遅れで開店にこぎ着けた。
岬のある稚内(わっかない)市は海に突き出た地形から、年間を通じて風に恵まれる。市は再生可能エネルギーを中心とした「環境都市」を宣言し、風力発電所の建設を推進している。
市内には八十四基(出力計約十万六千キロワット)の風車が立ち並び、発電能力は市内の電力需要を上回る。それでも、まる二日間、市内のほとんどで停電が続いた。
たくさんの風車は、停電で安全装置が働き、発電を停止。再開しようにも、北海道電力の送電網が、風力などの再生エネは出力が不安定だとして受け入れられない状態だった。「なぜ停電が続くのか」。市役所には、苦情に近い問い合わせが何件も寄せられた。

その中で、ほぼいつも通りの営業を続けたレジャー施設があった。東京ドームが十四個入る約六十五ヘクタールの広大な敷地に、ロッジやキャンプ場、パークゴルフ場などがある「道立宗谷ふれあい公園」。隣接地に、市が保有する大型蓄電池付き大規模太陽光発電所(メガソーラー)があり、直に送電線をつなぎ、ふだんから電力を受けていた。
メガソーラーはつくった電力を蓄電池にため、主に北海道電へ送っている。停電で保護機能が働き、いったんは送電を停止したが、市は朝のうちに、北海道電の送電網から切り離す「自立運転」に切り替え、再開。園の電力は全面復旧し、太陽光による電力のみで通常営業を続けた。
職員の田渕百合子さん(31)は「ひょっとすると対策本部をそちらに設置するかも、と市から言われました」と明かす。園内には二十六人の宿泊者がいたが、停電を知らない人もいたという。「停電でほかの宿泊先からこちらに来た人もいた。携帯電話の充電場所も提供しました」
メガソーラーと直につないでいたのはこの公園ぐらいで、市内の多くの民家や施設には電力を供給しようにも手がない。
この経験から、市は災害時も停電を回避できるように、風車や太陽光が生みだす電力を市内に直接供給するルートをつくれないか模索する動きを急速に強めている。
風車群の電力は声問(こえとい)変電所に集め、北海道電に売っている。市環境エネルギー課の市川正和課長は「災害時は、この変電所から市内各地に送電できないか。実現すれば、北海道電に頼らずに自立した電源を確保できる」とみている。
実現のためには、天候によって左右される再生エネの電力を、大型蓄電池などを使い安定させて送電網と結ぶ必要がある。市川課長は機運の高まりを明かす。「国の実証事業として、容量を増強するための新たな送電線建設が始まり、かつてない規模の大型蓄電池も併設される。こうした動きもにらみ、自立電源の確保につなげたい」 (山川剛史)

河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」:“やりがい搾取”に疲弊 保育士を追い詰める「幼保無償化」の不幸 - 沖縄タイムス(2018年10月31日)

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/337962
http://web.archive.org/web/20181101011947/https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/337962

「貧乏人は必死に耐えて生きろ!」と言わんばかりの消費増税まであと1年。同時に、「保育士は灰になるまで働け!」ってことになりかねない幼児教育・保育無償化が始まります。
「無償化」といえば聞こえはいいですが、無償化を進めるための「受け皿」の整備は一向に進んでいません。利用したい人が増えても保育士の確保はできていない。こんな状況下で懸念されるのは、保育士の負担の増加です。
実際、共同通信が8月に全国の自治体に行った調査では、回答した81自治体のうち「賛成」は半数未満の36自治体。「無償化自体は悪いことではないが、まずは保育施設の整備や保育士の確保、養成を進め、受け皿を整えるのが先」というのが、多くの自治体の見解です。
また、保育士・幼稚園教諭の有資格者を対象にしたアンケートでは、67.1%が「反対」と答え、82.8%が「無償化より保育士の確保」を求めていることが分かりました(ウェルクス調べ)。

「無償化への不安要素は何か?」という問いには(複数回答)、

「業務負担の増加」が74.0%でトップ
「保育の質の低下」(69.7%)
「待機児童の増加」(51.1%)

と続いています。

保育士さんといえば、低賃金に加え、重労働。「自分の子」のことしか考えないモンスターペアレンツへの対応を迫られるなど、年々、職場環境は過酷さを増しています。厚生労働省によれば、保育士の登録者は2011〜16年度で33万人増えた一方で、資格はあるが働いていない「潜在保育士」が18万人も増加し、16年度は計86万人いると推計。さらに、15年10月からの1年間で約2万9000人の保育士さんが離職しました。
こんな状況下で無償化をスタートしていい……わけがありません。
そもそもこれだけ「女性活躍だ!」「女性が輝く社会だ!」と、国も企業もスローガンを掲げているのに、なぜ、保育士さんの職場環境改善は一向に進まないのか?
ホントに残念なことではありますが、「保育士は灰になるまで働け!」というのが本音では? などと思えてなりません。
灰。そうです。燃え尽きた灰。燃え尽き症候群に陥る保育士さんが量産されやしないか、と心配なのです。

(つづく)
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/337962?page=2

木村草太の憲法の新手(90)普天間巡る国と小金井市議会 対照的な手続きの公正性 - 沖縄タイムス(2018年10月21日)


https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/332808
http://web.archive.org/save/https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/332808

知事選後、辺野古問題を巡る動きが幾つかあった。
まず10月17日、沖縄県による辺野古埋立承認処分の撤回について、岩屋防衛大臣は、行政不服審査法に基づき、国土交通大臣に撤回の効力を停止する申し立てを行った。
しかし、行政不服審査法は、本来、行政庁の違法・不当な公権力の行使があった場合に「国民」に「簡易迅速かつ公正な手続き」を保障し、「国民の権利利益の救済を図る」ための制度だ(同1条)。国が行政不服審査を利用するのは、「国民の権利保障のため」という制度趣旨に反する、との批判がある。
さらに、防衛省国交省も、同じ内閣の下に束ねられる行政組織だ。防衛大臣の申し立てを国交大臣が審査しても、ただのお手盛り審査にすぎず、「公正」な手続きとは言えないのではないかとの疑念もある。
沖縄県側は、処分撤回について、必要なはずの設計書面が示されなかったこと、辺野古に基地が建設されても普天間基地が返還されない可能性があることなど、深刻な問題を指摘している。国は、行政不服審査という強硬手段ではなく、沖縄県と対話の機会を設け、これらの問題を解決し、理解を求めるところから始めるべきではないか。
次に、9月25日、東京都小金井市議会は辺野古基地建設に関する陳情書を採択した。陳情書は、(1)辺野古新基地建設を中止し、普天間基地運用を停止した上で(2)日本国内の全自治体を普天間代替施設の候補地として(3)米軍基地そのもの、および普天間代替施設の要否を議論し(4)米軍の普天間代替施設が必要との判断に至った場合には、憲法にのっとり公正で民主的な手続きを経て場所を決定すべきだ−としている。
本土の自治体の議会で、このような陳情が採択されたことには、重要な意義がある。ただし、幾つかの会派の対応は残念なものだった。
第一に、自民・公明両会派の議員は、辺野古基地建設は、国が進める施策だという理由で、反対ないし棄権した。しかし、「米軍基地設置は、辺野古が最適だ」と自信があるなら、むしろ、陳情書の求めるような適正手続きを踏んで計画の正統性を高めるべきではないか。国政与党の対応は、むしろ、「辺野古が最適」との結論への自信のなさの表れに見える。
第二に、共産党会派の議員たちは、陳情書には賛成したものの、それに基づき衆参両院・政府に送ることになった意見書の議決には反対した。このことについて、同党書記局長の小池晃衆院議員は、日米安保条約や代替施設の設置自体に反対する同党の立場からは、日本全国を候補地とする部分に賛成できないと説明している。
しかし、陳情書は、代替施設の要否そのものも国民全体で検討するとしているのであり、その場面で共産党の立場から問題提起をすることもできるだろう。議論自体を拒絶するかのような対応は残念だ。
一連の出来事は、国や本土の国民との対話の困難さを改めて示すものだ。とはいえ、行政不服審査の利用に批判の声が上がっていること、小金井市の陳情書が採択されたことは、一つの希望でもある。本来のあるべき姿を取り戻すべく、なすべきことを積み重ねていくしかない。(首都大学東京教授、憲法学者) =第1、第3日曜日に掲載します

木村草太の憲法の新手(89)知事選 新基地反対の強い意志確認 国は態度改め県と対話を - 沖縄タイムス(2018年10月7日)


http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/326449
http://web.archive.org/web/20181007082930/http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/326449

県知事選では、国政与党が推薦する佐喜真淳氏を破り、玉城デニー氏が当選した。
今回の選挙について、「経済政策を重視する人は佐喜真氏に投票した」との分析が散見される。確かに、佐喜真氏の選挙公報を見ると、「新たな産業団地の確保」「モノレールの環状線化」といった具体的な経済政策の記載が目を引く。ただ、玉城氏も、「人材育成・社会的投資戦略」や「付加価値型の観光立県」といった理念を打ち出していた。玉城氏の当選は、「経済政策はどうでもよい」という県民の意思を示すものではないだろう。
これに対し、辺野古新基地建設については、強い反対の意志が改めて確認されたと理解すべきだ。佐喜真氏も、辺野古新基地の積極的誘致を主張していたわけではない。しかし、玉城氏が、断固反対を前面に掲げたのとは対照的だった。
これに関連して、私は佐喜真氏の「対立から対話へ」というスローガンに違和感を持った。というのも、翁長雄志前知事も玉城氏も、辺野古新基地建設には反対を貫きつつも、中央政府や本土の人との対話を拒否していたわけではないからだ。
翁長前知事は、日米安保在日米軍の存在を認めた上で、中央政府に対話のテーブルに着くことを求めていた。玉城氏も、翁長氏の意思を継ぐと言っている。他方、中央政府や本土の国民は沖縄に、「基地建設を受け入れるか、反対して無視されるか」という過酷な二択を押し付けてきた。対話が成立しない原因は、中央政府と本土の国民にある。対話のために沖縄が変えるべき点はない。
ところで、辺野古新基地建設を知事選の争点とすることについて、安全保障は国全体の問題だから、一自治体が意見を言うのはおかしいと考える人もいるかもしれない。しかし、米軍基地設置は、沖縄県や名護市の自治権制限になるのだから、意見を言うのは当然だ。日本国憲法には、地方自治の尊重を定めており、過去には、自治体が憲法に依拠して中央政府に異議を申し立て、強硬な姿勢が改まった事例もある。
例えば、2015年、東京の新国立競技場の建設に際し、下村博文文科相が東京都に500億円の拠出を義務付ける法律を作ろうとした。この時、舛添要一都知事は、そのような法律の制定には、憲法95条に基づく都民投票の承認が必要であり、東京都に一方的に負担を押し付けるのはおかしいと批判した。この批判を受け、国は都と交渉を行い、建設合意に基づき進められることになった。
あるいは、1968年、政府はミサイル試射場建設のため、小笠原諸島のいくつかの島を東京都から切り離し、政府直轄地にする法律を制定しようとした。これに対し東京都や小笠原村は、そうした法律の制定には、憲法95条に基づき、東京都ないし小笠原村民の住民投票が必要だと異議を申し立てた。これにより、計画は頓挫した。
2016年の辺野古訴訟では、沖縄県憲法に依拠して異議を申し立てたにもかかわらず、最高裁判所は不当にも無視した。選挙で改めて県民の意思が示された以上、国はこれまでの態度を改め、沖縄との対話に踏み出すべきだ。(首都大学東京教授、憲法学者

憲法第95条 【特別法の住民投票
一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、 その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。


解説
国会で、ある特定の地方公共団体にだけてきようする特別な法律案が可決された後、その地方公共団体の住民による 住民投票にかけられ、有効投票の過半数の賛成をもって初めて法律として成立します。
「 一の 」 とは、 「 特定の 」 という意味であって、複数の地方公共団体に関する特別法もあります。 実際、 横須賀、呉、佐世保舞鶴の四市に適用された旧軍港都市転換法(注1)が、本条の特別法にあたるとして 住民投票が行われたことがあります。
なお、近年では地方自治体の重要な課題について住民投票に関する条例を制定して政策決定を行う事例が増えてきています。  その多くは市町村合併に伴うものですが、1997年に実施された沖縄県名護市の在日米軍普天間基地返還に伴う 代替海上ヘリポート建設の是非を問う住民投票などが記憶に新しいのではないでしょうか。

(注1) 1950年4月に可決された特別法。  旧軍港四市を平和産業港湾都市に転換する事により、平和目的に寄与するために制定された法律。

http://www009.upp.so-net.ne.jp/law/k0095.html

「教育格差」改善進まぬ原因は? ご意見募集 | 長妻さんの寄稿に一言 水無田気流 - 毎日新聞「政治プレミア」(2018年9月25日)

https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20180924/pol/00m/010/001000d
http://archive.today/2018.09.26-003239/https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20180924/pol/00m/010/001000d

長妻昭立憲民主党政調会長の「力の発揮を促す社会政策が持続可能な経済政策となる」は、近年何度も問い直されてきた重要な論点ですが、解決へ向けた実行力ある取り組みがなされているかは疑問です。
周知のように、日本の相対的貧困率の高さや、「貧困の再生産」ともいうべき世帯格差と教育格差の関係は、日本社会の「持続可能性」という見地から見ても、極めて重要な課題といえます。また、たしかに長妻氏のご指摘のように、日本は「子育てや教育にかける予算は先進国の中で、国内総生産(GDP)比では最低レベル」となっています。それゆえ日本では教育費の家計支出割合が高く、つまり「親が子どもの教育費を負担する」構図となっています。一方、国による奨学金は貸与型が大半を占める現状から、低所得層の子どもほど、返還の負担から利用をちゅうちょする傾向も指摘できます。これでは、所得格差が教育格差を生む傾向に歯止めはかかりません。
そもそも「超」のつく少子化の進む日本では、夫婦の完結出生児数(夫婦の最終的な平均出生子ども数)も、2015年現在すでに1.94と2人を割り込んでいます。夫婦が理想とする子ども数を持てない最大の理由は、「お金がかかりすぎる」というもの……。非婚化・晩婚化も進んでいますが、結婚したからといって必ずしも子どもを持たない/持てない人も増加しています。それゆえ、子どものいる世帯の支援は、少子化対策としても、次世代への投資という観点からも、きわめて重要といえます。
この点に関して、個人的には民主党政権時に導入された「子ども手当」の「頓挫」が気になっています。子ども手当導入とトレードオフの形で、10年度税制改革により年少扶養控除は廃止となりました。その後財源不足を理由に、同手当は所得制限のある新児童手当に変更となったのですが、年少扶養控除は復活せず、いわば子育て世帯は重税化されたままとなっています。素朴な疑問ですが、前政権・現行政権ともになぜこの点を不問に付したままなのでしょうか……。
今後の日本社会にとって極めて重要なこの問題に関し、みなさまのご意見をお待ちしております。

力の発揮を促す社会政策が持続可能な経済政策となる「至誠通天」長妻昭 - 毎日新聞「政治プレミア」(2018年8月29日)


https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20180828/pol/00m/010/002000d
http://archive.today/2018.08.29-075104/https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20180828/pol/00m/010/002000d

「所得の多い家庭の子どものほうが、より良い教育を受けられる傾向があると言われるが、これは問題か?」――。皆さんはどう思うのだろうか。
教育格差を問題視しない意識ひろがる
小中学生を持つ保護者に対する調査で、10年前までは、「問題である」と考える人が半分以上いたが、その比率は低下して今では4割を切っている。これは全国公立の小2、小5、中2の保護者に対する意識調査の結果(ベネッセ・朝日新聞共同調査)。この調査は2004年から定期的に続けており、今回(17年12月〜18年1月調査)で4回目。今回、所得による教育格差を許容する保護者が初めて6割を超えた。
現実には年収400万円以下の家庭では4年制大学進学率は3割を切る一方、825万円を超える家庭では6割を超える(12年文部科学省科学研究費による東京大学調査)。年収250万円未満の世帯では4年制大学進学率は推計2割との調査(15年日本学生支援機構調査)もある。
県民所得と大学進学率が比例し、どこに住んでいるかによって受ける教育に差がつく現実がある。日本は先進国の中で、教育の自己負担比率がトップレベルである。
この教育格差を問題視せず、是認する意識が高まっていることに強い危機感を持つ。このまま放置してはならない。
教育格差は経済にとってもマイナスの影響を及ぼすことが国際機関の調査でも実証されつつある。
「格差の放置は経済成長を損なう」――。近年、経済協力開発機構OECD)や国際通貨基金IMF)が相次いでこのような調査リポートを発表した。OECDは追跡調査が可能な加盟21カ国の長期時系列データを分析した。
原因として、「所得格差は人的資源の蓄積を阻害することにより、不利な状況に置かれている個人の教育機会を損ない、技能開発を妨げる」(OECD)と教育格差の観点をあげる。ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ教授も持続可能な成長のためには「格差と戦う」ことが重要であると説いた。
格差は経済成長にマイナス
経済成長を論ずる際には、この格差の問題と正面から向き合うことが重要になる。
日本は格差を示す指標の一つである相対的貧困率でみると、主要先進国では米国に次いで格差の大きな国となっている。
一方で、子育てや教育にかける予算は先進国の中で、国内総生産(GDP)比では最低レベルだ。この底上げは急務である。
どんな環境にあっても、十分な教育が受けられる社会を実現するという社会政策は、重要な経済政策でもあるのだ。実際、最近では政府の子育て支援や教育投資の経済効果を数値化する研究も進んでいる。
雇用分野の格差拡大も、経済にマイナスの影響を及ぼしている。非正規雇用を増やせば、“雇用の調整弁”となり、国際競争力も高まる――。1990年代に経済団体が打ち出した雇用の多様化論を真に受けて、どんどん非正規雇用を増やした結果、雇用者全体の4割を超えるまでになった。しかし、皮肉なことに職業訓練が十分でなく、技能の高い労働者の減少に拍車をかけた。
日本の稼ぐ力を示す労働生産性は今やOECD加盟国中20位(16年)まで低下している。内閣府は、労働生産性への影響について私の質問に文書で見解を示している。少々長いが引用する。
「非正規雇用者は正規雇用者に比べて職業教育訓練による人材育成機会が少ないとみられることから、非正規雇用比率が高まると、必要な技能や労働者の熟練の蓄積がなされず、労働の質が低下し、労働生産性を押し下げる可能性がある」とした。政府も非正規雇用の増大による労働生産性低下の可能性を初めて認めた。
この他にも日本では、性別によって賃金や処遇が大きく異なるなど先進国では考えられない格差が数多く存在する。
一人ひとりの力の発揮を邪魔する“格差の壁”を取り除くことこそが、持続可能な経済の実現にもつながる。一人ひとりの力や持ち味が発揮される環境は、多様な価値や生き方が認められる差別のない社会があってはじめて実現する。
経済成長にとっては、金融・財政・規制緩和政策のみならず、このような社会政策が不可欠である。社会政策は、結果として持続可能な経済政策となることを見過ごしてはならない。

木村草太の憲法の新手(88)判事の懲戒申し立て 根拠薄弱、表現の自由侵害 - 沖縄タイムズ(2018年9月16日)

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/315567
https://megalodon.jp/2018-0916-1002-44/www.okinawatimes.co.jp/articles/-/315567

7月24日、東京高裁の林道晴長官が、岡口基一判事の懲戒を申し立てた。この申し立ては、根拠が薄弱な上に、裁判所内でのハラスメントが疑われる。「一判事の懲戒」というにとどまらず、表現の自由など、憲法価値の観点からも検討すべき問題だ。
申し立ての理由は次のようなものだ。岡口判事はツイッターで、犬の所有権を巡って争われた民事訴訟のニュースを紹介した。具体的には、「公園に放置されていた犬を保護し育てていたら、3カ月くらいたって、もとの飼い主が名乗り出てきて、『返してください』、『え? あなた? この犬を捨てたんでしょ? 3カ月も放置しておきながら…』、裁判の結果は…」との記載と共に、元の所有者が勝訴したニュース記事へのリンクを付した。
林長官は、このツイートが「犬の所有権が認められた当事者(もとの飼い主)の感情を傷つけ」るから、裁判所法49条にいう「品位を辱める行状」に該当し、懲戒理由になると主張する。
確かに、このツイートは、「この犬を捨てたんでしょ? 3カ月も放置して」と、もとの飼い主に対して疑問を投げかけている。しかし、これは新たな飼い主の主張を要約したものにすぎない。また、「裁判の行方は…」と、裁判所による公平な判断があることを示している。ツイートを読んだ人は、もとの飼い主の側にも、犬と離れざるを得なかった事情があり、裁判ではそれが主張されているであろうことを容易に想像できるはずだ。
つまり、このツイートは、もとの飼い主を揶揄(やゆ)したり批判したりするものではなく、それを読む人に対し、もとの飼い主への否定的評価を示す内容では必ずしもない。このツイートにより、懲戒が必要なほどに当事者の感情が害されたと認定するのは無理だろう。
もっと言えば、この程度の発言で懲戒処分となるのであれば、もはや、裁判官は、裁判例を紹介するエッセーや論文を書けなくなるだろう。一方の当事者の主張を紹介するだけで、懲戒対象となってしまうからだ。これは、あまりに非常識な帰結だ。
なぜ、高裁はこれほどひどい申し立てをしたのか。高裁は、過去にも、岡口判事のツイッターへの投稿に注意を出してきた。また、岡口判事は、申し立てに先立ち、林長官から、ツイッターを止めないなら分限裁判にかけて判事を辞めさせる、と脅されたと主張している。それが事実なら、今回の申し立ては、犬の飼い主の感情の保護ではなく、岡口判事のツイッターを止めさせるためのハラスメントだと理解すべきではないか。
もちろん、職務上の秘密を暴露したり、訴訟当事者の名誉を毀損(きそん)したりした判事には、懲戒処分が必要だ。しかし、今回のツイートにそうした悪質性はない。むしろ、さしたる根拠もなく、ツイッターを全てやめさせるためにハラスメントをしたとすれば、表現の自由の侵害だ。
判事も一人の個人であり、人権がある。表現の自由を侵害する脅迫や懲戒申し立てことこそが、裁判官の「品位を辱める行状」ではないか。今回、懲戒処分を受けるべきは、岡口判事ではなく、林長官ではないだろうか。(首都大学東京教授、憲法学者

(こちら特報部)少年法「改正」論議 石井弁護士に聞く - 東京新聞(2018年9月4日)


更生導く家裁審判から18・19歳 外してはならない


少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げてよいのか。成人年齢を引き下げる改正民法の施行を前に焦点になっている。少年事件に40年にわたりかかわってきた石井小夜子弁護士は「罪を犯した少年は背景を丹念に調べ、更生に導く制度から若年層を外してはならない」と引き下げに反対する。(宮川剛)


・・・・


罪責争う刑事裁判では限界

・・・・

「裁判官は(戦後の中国残留)帰国者のつらさをどれくらい知っているのか尋ねてみてください」石井弁護士から手紙を渡された家裁裁判官は、小さな審判廷で少年や父母と向き合った。(家裁裁判官は)「大変だったね」と声をかけ、少年や一家の苦労に耳を傾けた。
「裁判官がわかってくれたと感じたとき、少年も家庭も変わる。有罪か無罪か、罪の重さのみ問う刑事裁判ではこうした過程はない」
少年法は更生に機能してきた。....

少年犯罪と向きあう (岩波新書)

少年犯罪と向きあう (岩波新書)

木村草太の憲法の新手(87)続・共同親権 父母の関係悪いと弊害大きい - 沖縄タイムス(2018年9月2日)

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/307920
http://web.archive.org/web/20180902112246/http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/307920

前回に引き続き、離婚後の共同親権の導入について検討しよう。日本の民法では、親権は、(1)子と同居し保護する監護権(820条)と、(2)教育・居所・職業選択・財産管理などの重要事項決定権(820〜824条)の二つからなる。両者は性質が異なるので、共同親権を検討する場合にも、二つを切り分けて議論を進めるべきだ。
まず、(1)監護権の共同について。離婚後の父母は別居が一般的だから、移動に伴う子の負担などを考えると、父母双方と同等の時間を過ごし監護を受けることは現実的でないことが多い。「共同親権」と呼ばれる制度をとる諸外国でも、離婚後の父母双方が、子と同居・監護する権利を等しく分かち合うケースはまれだ。共同の監護権を活用できるのは、父母が良好な関係のまま近所で別居し、双方の家を子どもが行き来することに無理がない場合など、特殊な事例に限られる。
では、現行法はそのような事例に対応できるか。この点、現行の民法766条、771条は、「子の利益」のためになるなら、当事者の協議や裁判所の判断で、面会交流や監護の内容を柔軟に決めることを認める。例えば、「父に親権を与えた上で、日常同居し監護するのは母とする」ことや、「父母が隣り合った住居に住み、子は1年の半分を父の家で、残りは母の家で過ごす」という取り決めも可能だ。つまり、新たに共同で監護権を行使する制度を導入する必要性は低い。
この点、「裁判所は、別居親に監護の機会を与えてくれない」という批判の声もある。しかし、それは、裁判所の人員や運用に問題があって、裁判所が適切な判断をできていないか、あるいは、客観的に見て別居親の監護が「子の利益」にならないことによる。法律の定めるルールの内容に問題があるわけではない。
次に、(2)重要事項決定権を父母が共有する制度について。この制度の下では、同居親と子が、転居・進学・就職などの際に別居親の同意を得なければならない。もしも、父母の関係が良好なら、親権の有無にかかわらず、重要事項については協力して決定しているだろう。
他方、父母の関係が悪い場合、同居親への嫌がらせや、不適切な面会を強要するために同意権を乱用するリスクがあり、弊害が大きい。そこまでひどい事例でなくても、病院に行ったり、塾を選んだりするたびに別居親の同意を得るのは煩雑だろう。上川法務大臣も「父母の関係が良好でない場合に、親権の行使について父母の間で適時に適切な合意を形成することができない」おそれがあるとの指摘を紹介している。
単独親権者が、子の福祉に反する決定をする危険を指摘するものもいるが、その場合には、親権者を変更すべきだ。共同親権を維持すれば、子の福祉を害する親にまで権利が残ってしまう。
このように、(1)監護については既に十分な条文があり、(2)共同の重要事項決定権は、父母の関係が良好なら不要で、悪いなら弊害が大きい。共同親権制度導入の必要性は低い。仮に導入するにしても、父母が同居し事実婚関係を継続する場合など、親権乱用の危険がないことが明らかな場合に限定すべきだ。(首都大学東京教授、憲法学者

木村草太の憲法の新手(86)共同親権 親権の概念、正しく理解を 推進派の主張は不適切 - 沖縄タイムズ(2018年8月19日)

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/300636
http://archive.today/2018.08.19-011139/http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/300636

上川陽子法務大臣は、7月17日の記者会見で、「親子法制の諸課題について、離婚後単独親権制度の見直しも含めて、広く検討していきたいと考えています」と述べ、共同親権制度導入を検討する方針を示した。これについて、どう考えるべきか。
そもそも、「親権」とは何か。民法では、子と同居し保護する監護権(820条)と、教育・居所・職業選択・財産管理などの重要事項決定権(820〜824条)の二つが親権の内容とされる。現行法では、離婚した父母のどちらかが親権を持つ単独親権制度が採用されており、共同親権は選択できない。
これに対し、制度の導入を求める人は、共同親権が選択できるようになれば(1)扶養義務の履行確保(2)面会交流の促進(3)同居親による虐待防止につながる−と主張する。まず、こうした主張が、法制度を正しく踏まえたものかを検討しよう。
まず、(1)扶養義務について。そもそも、親権がなくなっても、扶養義務は継続する。親権がないと別居親が扶養義務を果たさないという議論もあるが、扶養義務の履行確保は、別居親に権利を与えることではなく、養育費不払いへの罰則や、国が養育費を立て替え払いし、別居親への取り立てを行う制度の導入で実現すべきだ。
次に、(2)面会交流について。親権は、別居親や子に対する面会交流強制権ではない。現行法は、離婚・別居後も、「子の利益」のために、親権を持たない親との面会交流の取り決めを行うべきとしており(民法766条1項、771条)、家庭裁判所が面会のための処分を出すこともできる(同3項、771条)。同居親が子との面会を不当に拒む場合には、別居親が家裁に「自分との面会が子の最善の利益になること」を説明し、処分を求めればよい。
こうした説明に対して、現状の家裁は、適切な処分を出してくれないと主張する人もいる。しかし、仮にそうだとしても、共同親権は面会強制権ではないので、共同親権を導入しても状況は変わらない。家裁の機能不全は、家裁の人員拡充、家裁利用コストの軽減、安全な面会交流施設の増加などにより解決すべき問題だ。
また、別居親が、主観的に「自分との交流は子の利益になる」と思っていても、DV・虐待・ハラスメントなどの要因で客観的にはそう認定できないことがある。そうした場合には、面会交流は避けるべきだし、ましてや親権を与えるべきではない。面会交流の不全は、裁判所か、別居親の問題であり、親権制度とは関係がない。
最後に、(3)共同親権は同居親による虐待の発見に有効とする意見について。そもそも、親権に基づく転居や進学への同意権などが虐待防止になる理由は判然としない。もちろん、別居親と子が頻繁に面会交流すれば、虐待防止になることもあろうが、それは親権の機能ではなく、面会交流の充実の結果である。また、虐待があるなら親権を移動させるべきであり、共同親権を認めれば、虐待親にも親権が残ってしまう。
そうすると、推進派の主張は、いずれも親権の概念を正しく理解したものとは言い難く、共同親権を導入する理由としては不適切だ。(首都大学東京教授、憲法学者

=第1、第3日曜日に掲載します

<原発のない国へ 基本政策を問う> (5)核燃サイクル成算なし - 東京新聞(2018年7月18日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201807/CK2018071802000139.html
http://web.archive.org/web/20180718024503/http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201807/CK2018071802000139.html


都心から北東へ約百五十キロ。ヘリコプターから見下ろすと、倉庫のような建物が並んでいる。茨城県東海村にある日本原子力研究開発機構の燃料施設は、民家や畑に囲まれていた。
施設のどこかに、三・八トンのプルトニウムがある。核爆弾約五百発がつくれる量。国際機関の査察官が毎月訪れ、放射線防護やテロ対策で巨額の費用がかかっている。
日本は国内外に、核爆弾六千発に相当する計四十七トンのプルトニウムを保管する。その量は、二十五年前の五倍に増えた。
政府は、原発の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し、再利用する「核燃料サイクル」構想を進めている。だが、国民から電気代や税金で集めた十三兆円を、プルトニウムを燃料にする高速増殖原型炉もんじゅ福井県)や再処理工場(青森県六ケ所村)などに投じながらも、構想実現のめどは立たない。
唯一の被爆国として核廃絶の理想を掲げながら、核兵器の材料をため込む日本に、海外の視線は厳しい。
「日本はわれわれに懸念を与え続けている。(東アジアでの)核拡散に加担しかねない」。今年二月、米上院が安全保障担当の国務次官としてアンドレア・トンプソン氏を承認するかどうかの公聴会民主党エド・マーキー議員が切り出した。トンプソン氏は「この問題を必ず掘り下げる」と約束し、承認された。
米国の念頭には、北朝鮮がある。プルトニウムをためる日本を引き合いに、「われわれも身を守る核が必要」と抵抗されれば、核兵器を放棄させる妨げになると警戒している。
米国の懸念を解消しようと日本政府はエネルギー基本計画に「プルトニウム保有量の削減に取り組む」との文言を加えた。もんじゅに代わり、フランスが開発する高速炉「ASTRID(アストリッド)」に望みをかけ、共同開発費を負担する計画だ。



ところが、このもくろみは風前のともしびだ。六月一日に東京・霞が関経済産業省で開かれた、高速炉開発会議の作業部会。仏原子力代替エネルギー庁の幹部、ニコラ・ドゥビクトール氏が「開発は緊急性を要しない。出力も縮小を検討している」と説明すると、官僚や三菱重工業幹部らの表情がこわばった。
「仏の原発業界は財政的に厳しく、アストリッドを従来のスピードで開発することに乗り気ではなくなった」。仏モンペリエ大のジャック・ペルスボワ名誉教授(エネルギー政策)が解説する。仏政府と業界はテロにも耐えられる新型炉を推進してきたが、福島事故後の安全規制強化で建設費は当初の三倍に。高速炉開発に資金を回せなくなった。
核不拡散問題が専門の米テキサス大のアラン・クーパマン准教授は「高速炉開発は、米英独など既にほとんどの国が断念。技術的に困難で、採算が取れないことがはっきりしてきた」と明かした。日本の原発政策は成算のないまま、逆風の中を進もうとしている。(伊藤弘喜、パリ・竹田佳彦)

<エネ計画では>実現へ推進維持
エネルギー基本計画は、核燃料サイクルについて「推進を基本的方針」とし、実現を目指す政策の維持を明記した。日本は十七日に延長された日米原子力協定に基づいて、原発の使用済み核燃料から再処理で取り出したプルトニウムの再利用が認められている。
日本は大量のプルトニウム保有している。しかし、本格利用できる高速炉の開発は進んでいない。ウランと混ぜた「MOX(モックス)燃料」を一部の通常の原発で使う「プルサーマル」は、プルトニウムを少量しか使えない。基本計画では「保有量の削減に取り組む」と明記しつつも、具体的には「プルサーマルの一層の推進」とするにとどまった。

<原発のない国へ 基本政策を問う> (6)「教育」の名の宣伝活動 - 東京新聞(2018年7月19日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201807/CK2018071902000151.html
https://megalodon.jp/2018-0719-0939-39/www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201807/CK2018071902000151.html


「先生、ここ、根拠は何ですか」。二〇一七年十月十二日の夕方、北海道経済産業局の八木雅浩・資源エネルギー環境部長が、北海道大大学院の研究室に入るなり、山形定(さだむ)助教(56)=環境工学=に詰め寄った。
八木氏の手には、山形氏が四日後に行うニセコ町ニセコ高校でのエネルギー問題の公開授業の資料があった。
同校は、一四年度に始まった経産省のエネルギー教育のモデル校の一つ。その一環の公開授業で、山形氏は原発の問題点を明らかにし、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの重要性を話すつもりだった。
授業の資料に「原発のコストは高い」との識者の試算があることに、八木氏がかみついた。「いろいろな見解があり、高いか安いかは一概には言えない」。福島第一原発が水素爆発を起こした写真には「ほかの電源も事故を起こすのに、ことさら原発が危ないという印象を与える」と迫った。
山形氏は「実際に起きた事故の写真を示して何が悪いのか」と反論。「影響が甚大な原発事故と、ほかの電源の事故を同列に扱う方が問題ではないか」とも思った。約束の十分は過ぎ、一時間以上たっていた。
八木氏の部下の広報担当調査官も同日、モデル校事業の委託先の財団に「驚きで講演の内容が反原発となっておりました(中略)そちらからも明日、ニセコ高校に指導を」と求めるメールを送っていた。
山形氏は授業の根本を変えるつもりはなかったが、原発のコストは「高いという指摘もある」と表現を和らげた。事故のほかに風力発電設備が倒れた写真も加え、授業を終えた。
経産局の対応は、波紋を広げた。ニセコ町長の諮問機関の環境審議会委員も務めるフリーライター葛西奈津子さん(50)らは「教育への検閲だ」と危機感を強め、住民説明会を開いた。
なぜ授業内容に介入したのか。八木氏は取材に応じず、代わりに経産局の広報担当調査官が「一方的で誤解を招きそうな内容だったため、山形氏に再考を求めた」と答え、「検閲の意図はなかった」と釈明した。経産省は今年四月、教育への介入という「誤解や懸念を生じさせる行為だった」として、モデル校事業の中止を発表した。
ニセコ高校の授業の二カ月後、山形氏は倶知安(くっちゃん)町の「再生エネセミナー」の講師三人のうち一人を頼まれた。やはり経産省の補助事業だったが、数日後に「あの件はなかったことに−」。講師は、経産局が推薦した森林組合幹部に差し替えられた。
倶知安町の環境対策室長は「山形氏に内諾を得たが、講師が学識者ばかりになるので、経産局に現場の実務を知る講師がいないか照会していた」と説明。しかし、山形氏は「裏で経産局が町に圧力をかけた疑念を拭えない」と語る。
原発への理解を深めようと、政府は教育や広報に再び力を入れはじめた。だが山形氏と葛西氏は口をそろえる。「政府が伝えたいことしか伝えられないのなら、教育ではない。プロパガンダだ」 (吉田通夫)

<エネ計画では>広報に再び注力
東京電力福島第一原発事故が起きるまで、政府は小中学校に原発の安全性を強調した副読本を配るなど、「教育」に力を入れた。
エネルギー基本計画では「依然として原発への不安感や政府・事業者への不信感・反発が存在する」「原子力の社会的信頼の獲得に向けて、最大限の努力と取り組みを継続して行わなければならない」としている。
過去の原発教育や広報戦略への反省に言及しつつ、教育や広報の重要性を再び強調。具体的には「客観的で多様な情報提供の体制を確立」「丁寧な対話や双方向型のコミュニケーションを充実する」と明記した。

<原発のない国へ 基本政策を問う>(4)むつ市と関電 交錯 - 東京新聞(2018年7月17日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201807/CK2018071702000119.html
https://megalodon.jp/2018-0717-1003-38/www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201807/CK2018071702000119.html


青森県むつ市の市街地から車で北に二十分ほど。津軽海峡を臨む雑木林の一角に、真新しい倉庫のような建物がある。原発から出た使用済み核燃料を、プルトニウムなどを取り出す再処理工場(同県六ケ所村)に運ぶまでの間、一時保管する中間貯蔵施設だ。
東京電力日本原子力発電(原電)が出資する「リサイクル燃料貯蔵」(RFS)が建設した。東電柏崎刈羽原発新潟県)から最初の搬入を予定するが、原子力規制委員会の審査が長引き、めどが立たない。
施設を巡る六月三日の報道で、地元がざわついた。関西電力が美浜、大飯、高浜の三原発(いずれも福井県)の核燃料を搬入するため、RFSへの出資を計画していると、共同通信が配信。地元紙にも載った。
騒ぎが大きくなったのは、福井県の西川一誠知事が昨冬、大飯原発3、4号機再稼働の条件として核燃料の県外搬出を求め、関電が今年中に候補地を示すと約束しているからだ。
むつ市の宮下宗一郎市長は素早く対応した。東電、原電、RFSの三社を市役所への「出入り禁止」に。報道の二日後に上京し、日下部聡・資源エネルギー庁長官に「地域に断りのない中で進めるべきではない」と抗議。六月八日には三社を市役所に呼び、報道内容を否定する言質を取り付けた。十四日の市議会で「報道のような事実はないと認識せざるを得ない」と報告し、騒動は一段落した。
ただ、地元で施設に反対してきた「核の『中間貯蔵施設』はいらない!下北の会」の野坂庸子代表(70)はいぶかる。「市長は頭越しに話が出たことに怒っただけ。核燃料を受け入れないとは言っていない。条件次第で認めてしまうのでは」
関電は、最多の三原発七基が新規制基準に適合。うち二原発四基を再稼働させたが、使用済み核燃料プールは五〜八年分と余裕がない。一時保管場所を確保できずにプールが満杯になれば、原発は動かせない。
再処理工場の稼働が見通せず、電力各社はどこも同じ事情を抱える。プール内で核燃料の間隔を狭めて容量を増やしたり、専用容器で空冷したりすることを検討しているが、いずれも小手先で、限界がある。
実は〇五年にRFSを設立する際、東電は他社にも参加を募った。ただ、応じたのは原電のみだった。
関電に当時の経緯を聞いたが、広報担当者は「記録がなく確認できない」と回答。豊松秀己副社長は六月二十七日の株主総会で、RFSへの出資について「方針を固めた事実はない」と述べるにとどめた。施設の候補地を示す期限は残り半年を切っている。
関電のつまずきに呼応するかのように、与野党の国会議員有志が六月十三日、使用済み核燃料の問題を考える議員連盟を設立。会合は非公開だったが、事務局長の武田良太衆院議員(自民)は「関電問題」がテーマの一つと認めた。出席した野党議員は「自民党には、再稼働のために中間貯蔵に道筋を付けたい思惑もあるだろう」と話した。(宮尾幹成)

<エネ計画では>電力会社 貯蔵拡大
原発を動かせば必ず出る使用済み核燃料は現在、国内に一万八千トンある。国は全量再処理する方針だが、再処理工場は稼働のめどが立っていない。エネルギー基本計画では「貯蔵能力の強化が必要」とし、「安全を確保しつつ、管理する選択肢を広げることが喫緊の課題」と指摘した。国は二〇一五年十月、使用済み核燃料対策に関する行動計画を策定。電力各社はこの計画に基づき、中間貯蔵施設や、専用容器に入れて空冷する「乾式貯蔵」など、貯蔵能力を拡大しようとしている。こうした取り組みを加速させるため、基本計画で「国が積極的に関与」すると強調。自治体や電力会社とともに「安全で安定的な貯蔵が行えるよう、官民を挙げて取り組む」と表明している。

関連記事)
関電、青森の中間貯蔵施設出資へ 福井県原発の使用済み燃料搬入 - 福井新聞ONLINE(2018年6月3日)
http://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/387387
https://megalodon.jp/2018-0717-1023-34/www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/387387

関西電力青森県むつ市にある使用済み核燃料の中間貯蔵施設の運営会社に出資する方向で最終調整をしていることが6月2日、関係者への取材で分かった。福井県にある関電の3原発の使用済み燃料を搬入し一時保管する目的で、新たに出資のためのファンド設立を検討している。他の大手電力の参加も視野に入れる。
関電が出資するのは、原発から出る使用済み燃料を再利用するまでの間、一時的に保管する「リサイクル燃料貯蔵」。東京電力日本原子力発電が共同出資で設立し、2社の使用済み燃料を出資比率に応じて保管する予定だった。関電は、福井県から使用済み燃料を県外に搬出するよう求められており、出資によって自社分の保管場所を確保したい考え。ファンドにすることで、将来的に他の大手電力が参加しやすいようにする。
ただ、地元のむつ市などは反発する姿勢を見せており、調整が難航する可能性もある。
中間貯蔵施設は3千トンの使用済み燃料を収容でき、今年後半の操業開始を目指す。将来的に施設を拡張し、貯蔵容量を5千トンまで増やす計画だ。
一方、福井県の西川一誠知事は、県内に大飯、高浜、美浜の3原発を持つ関電に対し、使用済み燃料を原発敷地内で保管せず、県外に運び出すよう要請。関電の岩根茂樹社長が年内に候補地を示すと表明していた。
政府は、使用済み燃料を廃棄せず、青森県六ケ所村の再処理工場でプルトニウムとウランを取り出して再び燃料として使う核燃料サイクルを進めようとしている。ただ再処理工場はトラブルで完成延期が続き、各地の原発で使用済み燃料がたまり続けている。このため政府は一時保管場所として中間貯蔵施設を活用したい考えだが、再処理工場が稼働しなければ、事実上の最終処分場となりかねないため、地元には慎重論が根強い。
【青森・むつの中間貯蔵施設】 原発で使い終わった核燃料を再利用するまでの間、一時的に保管する施設で、青森県むつ市にあり、2018年後半の操業開始を予定している。東京電力が80%、日本原子力発電が20%を出資し、運営会社「リサイクル燃料貯蔵」を設立した。燃料を専用の金属製容器(キャスク)に入れて空気で冷却する「乾式貯蔵」方式を採用。最終的に5千トンの受け入れを計画している。燃料は施設で保管した後、青森県六ケ所村で建設中の再処理工場に運び、燃料として使えるウランとプルトニウムを取り出す。