東海村の放射性物質漏えい 樹脂製の袋に5mmの穴 - テレ朝(2019年2月9日)

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000147274.html
http://web.archive.org/web/20190210015849/https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000147274.html

茨城県東海村の施設で放射性物質が漏れた問題で、容器を包む樹脂製の袋に穴が開いていたことが分かりました。
先月30日、東海村にある核燃料サイクル工学研究所で密閉された設備から放射性物質の入ったステンレス製容器を取り出した際、放射性物質の漏洩(ろうえい)を検知する警報が鳴りました。現場で容器を包む袋の交換をしていた作業員9人に被ばくはありませんでした。原子力機構によりますと、容器を包む樹脂製の袋に5ミリほどの穴が見つかり、そこから漏洩したとみられています。作業前に穴がないことは確認されていて、機構は穴ができた原因を調べています。

 東海村放射性物質漏えい 樹脂製の袋に5mmの穴(19/02/09)

児相の家庭への「介入」強化へ 親支援の部署と機能分離 - 朝日新聞デジタル(2019年2月10日)

https://www.asahi.com/articles/ASM295JT3M29UTIL018.html
http://archive.today/2019.02.10-010121/https://www.asahi.com/articles/ASM295JT3M29UTIL018.html

児童虐待の防止に向けて、厚生労働省児童相談所(児相)が子どもを保護する「介入」の機能を強化する方針を固めた。現在は子どもと家庭をともに支える「支援」と同じ部署が担っていることが多いが、子どもの死亡を防げなかった事件が相次いでいることを受けて機能を分化し、介入を最重視する。3月中にも、関連法の改正案を通常国会に提出する。
介入から支援まで継続して対応することが大切との意見もあり、機能分化には慎重論もある。ただ、昨年に東京都目黒区で起きた船戸結愛(ゆあ)ちゃん(当時5)の死亡事件などで児相の不手際が指摘され、厚労省有識者会議で議論を重ねてきた。今年に入ってからは千葉県野田市で栗原心愛(みあ)さん(10)が亡くなる事件も発生し、厚労省は「子どもの命と安全を守る社会的使命に応えるためには、介入と支援を担当する部署などを分ける必要がある」と判断した。
厚労省はすべての児相に弁護士、医師、保健師を配置することも検討している。根本匠厚労相は8日の会見で、「児相が子どもの保護センターとしての役割を果たせるよう、体制の抜本的強化などを行う」と述べた。

 

統計問題、調査法変更「慎重に」多数 厚労省15年検討会 議論立ち消え - 東京新聞(2019年2月10日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201902/CK2019021002000118.html
https://megalodon.jp/2019-0210-1002-55/www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201902/CK2019021002000118.html

 

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毎月勤労統計の調査方法変更を巡り、厚生労働省が二〇一五年に開いた有識者検討会の委員の一人が本紙に「変更はハードルが高いという慎重な意見が多かった。議論が尽くされぬまま検討会は立ち消えになった」などと証言した。中間整理では「引き続き検討する」とされたが、検討会はその後開かれず、一七年に厚労省の申請通り総務省の統計委員会が変更を決定した。 (井上靖史)
厚労省が学識者やエコノミストら委員六人を集めて開いた「毎月勤労統計の改善に関する検討会」は一五年六~九月に六回開かれた。アベノミクスによる賃金の動向に注目が集まっているとして、サンプル事業所の入れ替え方法などを検討した。
同調査は当時、従業員四百九十九~三十人規模の対象事業所について二~三年に一度全て入れ替えていた。途中で廃業する企業は調査から外れるため、徐々に平均賃金は上がる傾向があり、入れ替えた直後に下がりやすい。検討会では、入れ替え前後の段差を縮めるため、毎年一部を入れ替える方法への変更の可否を話し合った。
委員らは差が縮まることは評価する一方、実務を担う自治体代表の千葉県職員の委員が難色を示した。説明会の回数を増やさなければならないなど事務の負担増を懸念していた。
座長代理を務めた横浜市立大データサイエンス学部の土屋隆裕教授は取材に「サンプルの回収が進まなければ調査が成り立たないこともある。最終会合ではさらに検討が必要という意見が多かった」と指摘する。
しかし、厚労省はその後検討会を開かないまま調査方法の変更方針をまとめ、総務省統計委員会に申請し、認められた。一八年一月からサンプルを毎年一部を入れ替える方法に変更した。新たな方法では段差が縮まるが、廃業の実態を反映しにくく、強い企業の実態ばかりを映しかねないとの指摘もある。同時に計算基準も変えたため、賃金の伸び率が実際よりも過大に出る一因となった。
土屋教授は「あと数回は議論が必要だと思った。検討が不十分なままでは適切な政策にはつながらない」と落胆した。座長を務めた中央大経済学部の阿部正浩教授は「検討会が何か方針を固めたというものではなく、方向性を変えられたとは感じていない」と話した。
検討会の最終会合直後の一五年十月の経済財政諮問会議で、麻生太郎財務相アベノミクスの成果を強調する一方、毎月勤労統計には「改善方策を早急に検討していただきたい」と求めており、野党はこの発言後に方向性が変わったと追及。麻生氏は「統計の精度向上に向けた取り組みを促した当然の行為」と答弁した。

◆サンプル変えるたび数値悪化
別の委員は本紙の取材に対し、厚労省の職員が政権の意向を強く意識していたことを明かした。
「議事録には残っていない休憩中の雑談だったと思う」と前置きした上で、「サンプルを(全数)入れ替えるたびに数値が悪くなるそれまでのやり方に官邸か、菅(義偉官房長官)さんかが『カンカンに怒っている』と言って厚労省職員は検討会の最初から相当気にしていた」と振り返った。
委員自身は調査方法の変更をするべきだと考えていたが、「実務を考えると難しいという県の方やそれに賛同する意見があってまとまらなかった」と説明した。

 

 

【書評】戦争と図書館 英国近代日本語コレクションの歴史 小山騰(のぼる)著 - 東京新聞(2019年2月10日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2019021002000182.html
https://megalodon.jp/2019-0210-1003-59/www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2019021002000182.html

◆接収本から広がる研究
[評]武田珂代子(立教大教授)
私は今、客員研究員として英国ケンブリッジ大学に滞在中である。出発する前、持参すべき日本語図書を確認するために同大学図書館の蔵書をオンラインで調べた。必要とする図書のほとんどが所蔵されていることを知り、驚いたものだ。到着後に必要となった日本語図書もほぼ全て揃(そろ)っている。さらに、日本軍関係者の日記など貴重な資料まである。なぜケンブリッジ大学にこれほど充実した日本語の蔵書があるのか。本書は「戦争」をキーワードとして、英国の主要大学で日本語コレクションの土台が築かれた経緯を丁寧に説明している。
まず、日英開戦後に敵国財産として日本大使館などから接収された何千点に及ぶ日本語書籍・資料が、戦後、主にロンドン大学東洋アフリカ学院図書館に所蔵され、他大学にも寄贈された。また、対日諜報(ちょうほう)活動のために運営された戦時日本語コースの遺産が継承される形で、戦後、日本研究の推進と日本語文献購入のために多額の助成金が主要大学に提供された。
戦争が発端となったこの二つの出来事が英国の大学図書館における戦後の日本語コレクション、ひいては日本研究の発展に大きく寄与したと著者は論じる。戦争と科学技術の進歩を結びつける話はよくあるが、本書は、語学や地域研究、またそれを支える図書館の発展にも戦争が深く関わり得ることを示している。
最も読み応えがあるのは、接収図書などの蔵書印や書き込みを手がかりに、日本の書店から英国の大学図書館まで本がたどった「足跡」を探るストーリー。時代背景に照らしながら、探偵のごとく大胆な推理が展開される。
ダラム大学に所蔵された接収資料には所有者が明らかな写真アルバムや日記まである。家族の思い出がつまったアルバムや個人の日記を手放さざるをえなかった当時の状況を想像すると、胸が痛む。戦後、日英関係が正常化した際、日本の外務省や所有者個人と図書館との間に、接収図書・資料の返還または正式寄贈の話し合いがあったのか知りたいところだ。

勉誠出版・4104円)

1948年、愛知県生まれ。2015年までケンブリッジ大図書館日本部長。

 

 

戦争と図書館―英国近代日本語コレクションの歴史

戦争と図書館―英国近代日本語コレクションの歴史

 

 


◆もう1冊 
武田珂代子著『太平洋戦争 日本語諜報(ちょうほう)戦-言語官の活躍と試練』(ちくま新書

 

【書評】保育の自由 近藤幹生(みきお)著 - 東京新聞(2019年2月10日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2019021002000180.html
https://megalodon.jp/2019-0210-1005-57/www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2019021002000180.html

◆子が自ら伸びる場 どうつくる
[評]普光院(ふこういん)亜紀(保育園を考える親の会代表)
近年、乳幼児期に「非認知能力」を育むことの重要性が説かれるようになった。知能指数や学力テストで測れる「認知能力」に対して、「非認知能力」は自尊心、意欲、やり抜く力、自制心、社会性などの計測しにくい力をいう。人間社会を生きるための基礎力であり、この力が乳幼児期に培われることで、後に「認知能力」の伸びにもつながっていくという。
「非認知能力」が言われる前から、多くの保育現場は、子どもたちにこれらの力を育むことの重要性に気づき、そのための保育の質を備えようと努力してきた。
本書は、著者の保育への深い眼差(まなざ)しから、そんな保育の姿、子どもの姿を生き生きと描き出す。そして保育のあり方を左右する保育制度の現状を、詳細な情報とともに俎上(そじょう)に載せ、対照させている。
随所に織り込まれるエピソードには、自らの力で成長する子どもの実像があり、著者の問題提起を鮮明に裏付ける。「保育の自由」は保育者・子どもの主体性によって成り立つ。改定保育所保育指針の「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」に「相手の立場に立って行動する」というものがある。しかし「しなさい」と言葉で教えるだけではその力は育たない。子ども自身が自分の思いを理解される体験をし、友達と自己主張をぶつけ合う体験をし、相手の気持ちに気づく体験をする。そこから自分で考えることを繰り返して身につけていく。
保育者は、そのような子どもの育ちを見通して、一人ひとりに柔軟に寄り添い、育ち合いを豊かなものにしていく。そこには、保育者がなすべき保育を主体的に考え、仲間と議論していくような「保育の自由」がなければならないと本書は提起する。それは、やり甲斐(がい)があるが、エネルギーを要する仕事である。
しかし、保育制度は保育士にその環境を保障しているだろうか。待機児童対策、子ども・子育て支援新制度、改定保育所保育指針は、このような保育を支えるものとなっているだろうか。本書は、さらなる議論を呼びかける。

岩波新書・842円)

1953年生まれ。白梅学園大・短大学長・教授。著書『保育園「改革」のゆくえ』など。

 

 

保育の自由 (岩波新書)

保育の自由 (岩波新書)

 

 

◆もう1冊 
近藤幹生著『保育とは何か』(岩波新書

 

基地にドローン規制 沖縄を狙った報道弾圧だ - 琉球新報(2019年2月10日)

https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-873584.html
https://megalodon.jp/2019-0210-1007-18/https://ryukyushimpo.jp:443/editorial/entry-873584.html

日本新聞協会は8日、政府が小型無人機ドローンによるテロへの対策として今国会に提出予定のドローン規制法改正案について、自衛隊在日米軍基地上空の飛行禁止を盛り込む方針に反対する意見書を政府に提出した。政府方針が盛り込まれれば、自衛隊基地や米軍基地への取材が大きく制限される。国民の知る権利を著しく侵害する方針に、新聞協会が反対を示したことは当然といえる。
規制法案は昨年12月に政府の関係府省庁連絡会議がまとめた「小型無人機に係る緊急安全対策に関する報告書」に基づく。
報告書で緊急安全対策を講じる必要性として冒頭で挙げているのが9月に開幕するラグビーワールドカップ(W杯)日本大会と来年の東京五輪パラリンピックだ。テロ行為防止を名目に取材メディアなどを除いて会場上空の飛行を禁止する方針を示している。このため禁止措置は大会準備と運営期間の暫定的なものとなっている。
W杯と東京五輪パラリンピックについてはテロ行為の未然防止という観点から一定程度理解できる。しかも措置は一時的なものであり、報道メディアは除外されている。
問題なのはその次に挙げた「防衛施設に係る措置」の項目だ。自衛隊基地と演習場、在日米軍基地と区域の周辺地域上空の飛行禁止をドローン規制法による対象施設に加えることが「適当である」と記している。
W杯や五輪と違い、暫定的ではなく恒久法だ。しかも報道メディアの除外規定も見当たらない。明らかに報道を規制対象にしている。表現の自由を脅かす措置であり、断じて容認できない。
ドローン規制法で飛行禁止対象施設に定めているのは(1)国会議事堂、首相官邸など国の重要施設(2)外国公館等(3)原子力事業所―だ。
新聞協会の意見書は米軍基地が同法の飛行禁止の対象施設に加えられることについて「国民の知る権利に応える報道機関の責務遂行に甚大な悪影響が及ぶことになる」と危惧を示し「在日米軍に関する取材・報道の自由が明確に担保されるべきである」と求めた。
米軍基地が飛行禁止対象施設に加えられると、最も影響を受けるのは、在日米軍専用施設の約70%が集中している沖縄の報道機関だ。
琉球新報沖縄タイムスの両編集局長は今年1月、日本新聞協会の編集委員会で、強く反対する考えを示し、文書でも反対の意思を示した。意見書提出はこうしたことを踏まえたものとみられる。
米軍基地内ではこれまでも、米軍機の墜落など重大事故が起きている。立ち入ることのできない米軍基地の取材で、小型無人機の撮影取材は欠かせない。飛行禁止は沖縄を狙い撃ちにした報道弾圧だ。米軍基地を対象施設に加えてはならない。

 

「大学が終わっていく」、立て看掲げた東洋大生(前) - データ・マックスNETIB-NEWS(2019年2月8日)

www.data-max.co.jp

東洋大学白山キャンパス(東京都文京区)に立て看板を設置し、ビラをまき始めた学生が「退学を勧告された」事件について、当学生の船橋秀人(ふなばし・しゅうと)さん(23)に2月6日、話を聞いた。創立者井上円了の思想に憧れて入学した彼は、「大学が終わっていく」現状を憂える。.....

 

「大学が終わっていく」、立て看掲げた東洋大生(後) - データ・マックスNETIB-NEWS(2019年2月9日)

www.data-max.co.jp

黙認は罪か 必要なのは逮捕でなく保護ではないか - 47NEWS(2019年2月5日)

https://this.kiji.is/465408777258058849?c=39546741839462401
http://web.archive.org/web/20190209040046/https://this.kiji.is/465408777258058849?c=39546741839462401

母親はなぜ逮捕されたのか。
千葉県野田市の栗原心愛(みあ)さんが浴室で死亡した事件で、父親の勇一郎容疑者に続き、千葉県警が傷害罪で母親のなぎさ容疑者を逮捕した。
共同通信の配信記事によれば、母親の逮捕容疑は「勇一郎容疑者と共謀し、24日午前10時ごろから午後11時10分ごろ、自宅で冷水シャワーを掛けたほか、首付近をわしづかみにしたり、髪を引っ張ったりして擦り傷を負わせた疑い」。
これだけ読めば「冷水シャワー」などの暴行を夫婦で計画し、寄ってたかって実行したかのようだが、事実は違うらしい。その後に続く部分に「県警は、なぎさ容疑者が勇一郎容疑者を制止せず、黙認していたとみて詳しい状況を調べる」とある。
2月4日の読売新聞夕刊は端的にこう指摘する。「県警は、暴行を把握しながら止めなかったことで共犯関係が成立するとして、逮捕に踏み切った」「なぎさ容疑者が直接、心愛さんに暴行を加えた形跡はないものの、県警は、勇一郎容疑者を制止しなかった責任は重いと判断した」
つまり「虐待を止めなかった責任」が問われた。だが、それは妥当なのか。これまでの報道をもとに、いったん立ち止まって考えたい。
黙認はいいことではない。しかし、悪事を黙認・黙過することは誰にでもあると思う。
例えば、路上喫煙禁止区域で歩き煙草をしている人を見かけても、なかなか注意できない。血を流してけんかをしている現場に出くわしても、止めに入るのは難しい。ネットでヘイト表現に出会ってひどいと思い、傷つく人がいると分かっていても、多くの人は何もできない。もちろん、私もその一人だ。
社会人としてどうなのか、人間としてそれでいいのかといった批判は受けるかもしれない。しかし、それだけで刑法上の罪に問われるということはない。黙認(不作為)が罪になるのは、特別な場合に限られる。
共謀したが実行行為に加担しなかった者に、実行行為者と同等か、それ以上に重い責任を問う刑法理論として「共謀共同正犯」がある。首謀者が罪を免れたり、軽い罪になってしまったりする不条理を回避するための理論で、日本では最高裁も認めている。千葉県警はその理論を適用したと思われる。
しかし、心愛さんの事件で両親の「共謀」があったと評価する余地があるだろうか。共謀は読んで字のごとく「共に(悪事を)はかる、たくらむ」ことだ。有斐閣法律用語辞典第4版には「数人が共同して犯罪を遂行する合意を形成することまたはその結果成立した合意」とある。今回の事件なら、共同して心愛さんに傷を負わせる合意がなければならない。
黙認は共謀とは明らかに異なる。関与は薄く、共同意思の形成に不可欠な相互性を欠く。
この事件で相互性があり得るとしたら、「お前は駄っていろ」という明示または黙示の強制がある場合で、その強制からの離脱の自由があったのかが検討されなければならない。
そこで実態的に、母親がどれほど夫から自由だったのかをみる。
一家が沖縄県糸満市に住んでいたころ、母親がDVを受けていたという有力な情報がある。心愛さんも野田市の小学校に転校後のアンケートにそう書いている。心愛さんを一時保護した柏児童相談所も把握していたという。
野田市に転居後、どこかの時点で暴力の対象が娘だけになったのかもしれないが、そうだとすれば、夫による妻の心の支配は完了していたのだろう。暴力と恐怖によって支配されたDV被害者にも、自由意思による共謀があり得ると考えるのは、あまりに想像力や知識を欠いている。
食事を与えていなかったという報道もあるが、それは母親だけの責任ではないし、与えることを禁じられていた可能性もある。逮捕後に小出しにされている虐待関与の情報は、幇助とみるのがせいぜいではないか。
だが、捜査手法に疑問を呈する声はあまり多くないようだ。なぜか。
このケースに即して考えれば、心愛さんに対する世間の圧倒的な同情があるだろう。当否は別として、それが裏返しの感情となって、児相や教委・学校だけでなく母親にも向かった。
その思いは「どうして守ってやらなかったのか」「どうして子どもを連れて逃げなかったのか」「最も身近にいる母親が守らなくて誰が守るのか」といった社会感情に収れんし、捜査の適正を問う力を弱めている。
だが、そういう非難は刑法上の罪とは異なる次元にある。
ここからは臆測になる。事件に至るまで、父親は児童相談所の聴取をはね返し、学校・市教委には強圧的にねじ込んで勝利した。逮捕後は頑強に否認している。「しつけのつもりで、悪いことをしたとは思っていない」と供述しているという。
厚い否認の壁を崩すには証拠を積み上げるしかない。そのとき頭に浮かんだのが、一番間近で彼の行為を見続けてきた母親だったのではないか。夫が支配し続けた日常空間から彼女を切り離し、心の支配からの離脱を促せば、暴力の全貌を語ってもらえる。
だが、それは捜査の手法として邪道だ。
母親は娘を守ろうとして守れなかった。自らを強く責め、悔いているに違いない。自分も夫と同罪だと思っているだろう。暴力が支配する空間にさらされ続けた心愛さんの妹も心配だ。
いま必要なのは、強制的な身柄の拘束ではなく、母子の心身の回復のために、保護することだ。刑事事件の被疑者としての捜査はそれからでも遅くない。(47NEWS編集部、佐々木央)

 

[児童虐待で緊急対策]もっと重層的な支えを - 沖縄タイムス(2019年2月9日)

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/383170
https://megalodon.jp/2019-0209-1302-48/https://www.okinawatimes.co.jp:443/articles/-/383170

千葉県野田市で小学4年生の栗原心愛(みあ)さんが死亡し、両親が逮捕された事件を受け、政府が児童虐待防止の緊急対策をまとめた。
児童相談所が把握している虐待事案について、1カ月以内に安全を確認することを柱とする。
幼い命を守る安全確認は何より優先されるべきだが、重要なのはその実効性である。「救えたはず」という後悔を繰り返さないためにも、従来の対応の延長ではない、踏み込んだ強化策につなげてもらいたい。
緊急安全確認は、全国の児相が在宅指導している事案が対象で、少なくとも数万件に上る。全国の公立小中学校や教育委員会が虐待を疑っているケースも同様に確認する。さらに保護者が関係機関との関わりを避ける場合は、リスクが高いとし、ためらわずに一時保護するよう求めている。
事件を巡っては、一家が野田市に転居する前に住んでいた糸満市で、父親の都合で家庭訪問が2度もキャンセルされた事実がある。安全確認の不備と、リスク判断の甘さは否定できない。
心愛さんがSOSを発したアンケートを野田市教委が父親に渡すなど、対応の不手際が重なり悲劇は起きた。
そのため通告元の情報を提供しない新ルールも設定。保護者が威圧的な要求をする場合、複数の機関で共同対処することも盛り込んだ。
親とのトラブルが避けられないようなケースでは、警察や弁護士らとの連携が重要となる。

    ■    ■

全国の警察が昨年1年間に虐待を受けた疑いがあるとして児相に通告した子どもは8万104人で、初めて8万人を超えた。沖縄も756人で過去最多となった。
児相には警察のほか家族や学校などからも通報があり、増え続ける虐待情報に現場は忙殺されている。
緊急対策では、既に打ち出している「児童福祉司」の増員を前倒しで進めることも決定。2019年度、千人程度増やす予定という。
ただ人材の養成には時間がかかり、体制強化は一朝一夕にはいかない。加えて1カ月以内の緊急安全確認が始まることで、虐待対応に遅れが生じる可能性もある。
全国の市町村に設置予定で、子育て家庭を支援しながら虐待情報の収集に当たる「子ども家庭総合支援拠点」も前倒しにするなど、重層的な取り組みが求められている。

    ■    ■

緊急対策は、両親から虐待されていた船戸結愛ちゃんが死亡した事件を受け、昨夏決まった対策を引き継ぐもので踏み込み不足は否めない。
心愛さんの事件を教訓とするならば、母親が夫から受けていたドメスティックバイオレンス(DV)にも目を向けるべきである。
暴行を黙認していた母親を責める声があるのは確かだ。だが一方で母親も暴力の支配下にあった被害者である。児童虐待とDVは相関関係が深い。孤立しがちな母親への支援も同時に打ち出す必要がある。

 

松橋事件再審 無実を晴らすルールを - 東京新聞(2019年2月9日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019020902000172.html
https://megalodon.jp/2019-0209-1304-14/www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019020902000172.html

一九八五年の松橋(まつばせ)事件(熊本)の再審初公判は、検察側が有罪を主張せず即日結審した。無罪が言い渡されよう。冤罪(えんざい)事件が相次ぐ。無実の人を救済するために、検察はもっと協力的であるべきだ。
「新たな有罪主張はせず、裁判所に適切な判断を求める」
八日に熊本地裁で開かれた再審公判で検察側はそう述べた。むろん殺人罪で有罪判決が確定し、服役した男性は冤罪を訴えていた。だから、審理はこの日で終わり、三月二十八日に無罪判決が出る予定だ。検察の有罪立証断念であり、異例の展開といえる。
そもそも捜査機関が誘導した虚偽自白によって男性が殺人犯に仕立て上げられたのではないのか。松橋町(現在の宇城市)で一人暮らしの人が自宅室内で殺害された事件だった。
男性は八六年に熊本地裁で懲役十三年を言い渡された。福岡高裁で控訴棄却、九〇年に最高裁で上告が棄却され、確定した。だが、当初から自白の内容に不自然な点があった。凶器とされた小刀に血液が付着するはずだが、血液はない。だから、捜査機関はこんな「自白」を引き出していた。
「小刀の柄に血が付くのを防ぐため、シャツの布を切り取って柄に巻いて刺した。布は燃やした」
これなら血液が付着していないことも、シャツが存在しないことも説明できる。しかし、シャツは存在していたのだ。血液も付いていない状態で…。検察に証拠の閲覧を申請すると、何と燃やしたはずだったシャツの左袖が発見されたのである。
小刀が凶器でない可能性を示す鑑定結果も出た。つまり、男性と殺人事件とを結び付ける唯一の証拠は「自白」しかなかった。これ自体が客観的な事実と矛盾し、信用性が一挙に崩れてしまった。
これは無実とするに十分な理由である。だが、再審を求める過程では、常に検察は抗告を繰り返した。再審開始が認められたのは、逮捕から実に三十三年。この時間の長さは検察側のメンツにも関わってはいないか。
無実の人には早く潔白を証明する新たな仕組みが必要ではないだろうか。少なくとも再審請求審では、全証拠開示などのルールを入れるべきである。すべて長く殺人犯の汚名を着せられた男性の立場で物事を考えてみることだ。
検察の言い分を追認してきた裁判所の責任もあろう。それをかみしめないと刑事裁判の信頼を取り戻すことも困難になろう。

 

(筆洗)日本画家の堀文子さん - 東京新聞(2019年2月9日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2019020902000149.html
https://megalodon.jp/2019-0209-1305-16/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2019020902000149.html

銃剣を喉元に、突きつけられたのだという。二・二六事件のその日、十七歳だった日本画家の堀文子さんは、自宅近くで、決起した軍人に呼び止められている。<死への予感と目前に迫り来る戦争の気配を強く感じた>と恐怖の体験を著書で振り返っている。
大正七年の東京生まれ。いやでも、混乱の中を生きなければならなかった世代だ。戦争では、航空隊の弟らを亡くした。家は空襲で焼かれた。幼少のころの関東大震災では、死を目の当たりにしている。
時代に絶望と死を突きつけられたところから始まった画家としての歩みであろう。名もない草花や鳥、獣たち…。画風を変えながらの長い活動で、描かれた作品には、命の美しさや自然の息吹を感じさせるものが多い。
絶望を知ればこそ、みる人の心に染み込んでくるような絵の中の生命感ではないか。「一所不住」と自ら言って、旅を続けた人でもある。
四十代で三年間、世界をひとりで放浪している。七十代の前半はイタリアで過ごした。八十歳を過ぎてヒマラヤに行き、高地に咲く花を探した。一生、何かを追い求めた人が先日、百歳で亡くなった。
特定秘密保護法の成立を受けて、平和への危機感をつづり、東京新聞に投稿していたのが五年前。九十五歳のことだ。少女時代、戦争反対を口にしたくてもできなかった。無念の思いも、長い旅の終わりに晴らしている。

 

読書感想文コンクール 学びを支える「家読」の力 - 毎日新聞(2019年2月9日)

https://mainichi.jp/articles/20190209/ddm/005/070/023000c
http://archive.today/2019.02.09-040648/https://mainichi.jp/articles/20190209/ddm/005/070/023000c

読書感想文コンクール 学びを支える「家読(うちどく)」の力
第64回青少年読書感想文全国コンクール(公益社団法人国学図書館協議会毎日新聞社主催)の表彰式がきのう、東京で開かれた。
約3カ月後に即位を控えた皇太子さまもご夫妻で出席し「本を読み、よく考え自分のものとする『考える読書』の習慣が受け継がれ、うれしく思います」と述べられた。
中学校の部で内閣総理大臣賞に選ばれた福島大付属中1年、橋本花帆さんは課題図書「太陽と月の大地」(福音館書店)を読んで、今も無くならない差別について考えた。
物語は、16世紀のスペインを舞台に、宗教などの対立に翻弄(ほんろう)される若い男女の悲恋だ。
小学生当時の米国生活で経験した人種差別問題を主人公らに重ねた。「宗教や民族の違う人々が『おなじ土地で平和に暮らせる』世界が見たい」。そう思いを込めて訴えた。
橋本さんが本の世界に入ったのは、両親からの読み聞かせがきっかけだった。今では、家族で読んだ本の感想も述べ合うという。
本好きの子供を育むには、学校とともに家庭で読書に親しむ時間も重要だ。福島県国見町が、読書の習慣化を図ろうと取り組む「家読(うちどく)」という活動が全国に広がっている。
同町は、毎月4~6日、14~16日、24~26日の3回を「家読の日」と決め、各期間のいずれか1日をテレビやゲームから離れて、家族で本を読むことを推奨している。
1冊の本を家族で読み合ったり子供が親に読み聞かせをしたりと、スタイルは自由だ。学校は図書だよりで本選びのアドバイスや家庭での実践を紹介するなどサポートする。
内容報告のカードは小学校で9割以上の回収率といい、全国学力テストの結果も向上しているという。
今、学校では思考力や表現力を育む学習が大きな流れになっている。入試でも問われるようになる。子供のころからの読書習慣が、その基礎になることは言うまでもない。
今回のコンクールには、小中高校や海外の日本人学校2万5594校が参加し、414万編余りと多数の応募があった。背景には先生方の熱心な指導と工夫、応援がある。
家庭と学校が連携し、子供たちが本に親しむ方策を広げることが、これからの学びの支えになる。

 

(余録)山口県防府市の牟礼小4年の… - 毎日新聞(2019年2月9日)

https://mainichi.jp/articles/20190209/ddm/001/070/154000c
http://archive.today/2019.02.09-040941/https://mainichi.jp/articles/20190209/ddm/001/070/154000c

山口県防府(ほうふ)市の牟礼(むれ)小4年の安村恒輝(やすむら・こうき)さんはその本の写真に目を見はった。自分のような男の子が川の上に張られた2本の綱につかまりながら宙を渡っている。本の題は「すごいね!みんなの通学路」だった。
これはフィリピンの光景で、隣にはやはり竹ざおを伝って川を渡るインドネシアの写真もある。世界の通学風景を集めたこの本には、高い崖(がけ)をはしごで登る子、水を入れたたらいを頭に登校する子、自分たちの机を運ぶ子の姿もある。
なかには津波で被災した町を通学する日本の子どもの写真もあった。学校へ行くのは当たり前と思っていた恒輝さんはすさまじい通学風景を見ているうちにむくむくと頭に疑問がわき上がった。「みんな、なぜ学校に行くんだろう」
恒輝さんが書いた感想文「夢をかなえるために」は青少年読書感想文全国コンクールで毎日新聞社賞を受けた。その感想文は、子どもが教育を受ける権利を命がけで訴え、ノーベル平和賞を受賞したマララさんの言葉を引用している。
「一人の子ども、一人の教師、一冊の本、そして一本のペンが世界を変える」。恒輝さんは「なぜ学校に行くんだろう」と考えるうち、兄の勧めでマララさんのことを書いた何冊もの本を読んだ。疑問の答えはその言葉に潜んでいた。
最近の恒輝さんはお医者さんになる夢をお母さんに話し始めた。途上国の実情を知り、自分にできることを考えたからという。みんなが学校へ通うのは、いつの日か「夢をかなえるために」だと分かったのだ。

 

統計不正審議 国会は責任を果たせ - 朝日新聞(2019年2月9日)

https://www.asahi.com/articles/DA3S13886189.html
http://archive.today/2019.02.09-041121/https://www.asahi.com/articles/DA3S13886189.html

統計不正問題をめぐる国会審議で、野党側が求めてきた厚生労働省の大西康之・前政策統括官の衆院予算委員会への招致が実現した。
大西氏の招致は真相究明の一歩に過ぎない。過去の経緯を知る当事者なども呼び、国会は引き続き解明に努めるべきだ。
今回の統計不正が発覚したのは昨年12月13日、総務省の統計委員会が、毎月勤労統計で本来は全数調査のはずの大規模事業所のデータに不審点があることを指摘したことがきっかけだ。
厚労省の統計部門の責任者だった大西氏は、この時期に不正を把握し、5日後に次官級の幹部らに報告したことなどを説明した。
ならばこの頃には、問題が単なる統計調査のルール違反にとどまらないことを厚労省は認識できたはずだ。雇用保険労災保険の過少支給の可能性に気付いたのは年末の27日になってからだと言うが、本当なのか。この間の対応に問題はなかったのか。引き続き解明が必要だ。
せっかく参考人を呼んでも、形だけでは意味がない。象徴的なのが、厚労省が設置した特別監察委員会の委員長を務める労働政策研究・研修機構樋口美雄理事長との質疑だ。
野党は、監察委による検証の中立性・客観性が問われているとし、どうして職員らへの聞き取りの約3分の2が厚労省職員による「身内」の調査になったのかなどをただした。しかし樋口氏は「予算委には(機構の)理事長として呼ばれたと認識している。答弁は差し控えたい」と繰り返した。
参考人招致にあたり、与党が「独立行政法人の理事長として」と条件を付けたためだ。野田聖子衆院予算委員長も度々、「理事会で決めたことですから」と野党の質問を制した。
わずか1週間で報告をまとめるような拙速で、かつ「身内」主導の検証になった経緯は、解き明かすべき焦点の一つだ。改めて監察委の委員長として招致すべきである。
統計不正問題は長年、厚労省内で放置されてきた。組織的な隠蔽(いんぺい)はなかったのかなど、明らかにすべき点はほかにも多い。
それなのに、大西氏の招致をこれまで拒んできたことを含め、この問題の解明に対する及び腰の姿勢が、与党には目立つ。国会運営をめぐる野党との駆け引きに参考人招致を使い、真相の究明を妨げることは許されない。
行政監視は国会の重要な責務だ。その重みを、与党も自覚するべきだ。